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十坪程度の店内スペース。
申し訳程度のカウンターと接客ブースにデスクが二つ。
田舎の不動産会社と言われて否定は出来ない無機質な空間。
春菜さんは両親が旅行に行く事は流石に聞かされていたようで、その間の店の責任者を僕に委ねると聞かされているらしい。
世間では恐らく、罷り通らない事に春菜さんは反論をせず、頷いたと春菜さんから聞かされた。
ただ春菜さん曰く、来店客が来る事は多くはないし、月極駐車場の管理や賃貸がメインだから、それほど心配する事はないと僕を安心させた。
それなら良いと、親父のデスクに最初は座り、責任者として胸を張って雰囲気を醸し出す悪ふざけをしてみたが、直ぐに何をすれば良いのかわからない僕は仕事を放棄した。
どうせ、僕がいた所で何かが変わる訳でもないし、春菜さんの仕事の邪魔になるだろう。
「……昼飯食ってきます。何か買ってくるものありますか?」
店内から表に出る出入り口に差し掛かった時、春菜さんの横顔に向けて尋ねたが、一瞬考えるような間の後に「結構です。お気持ちありがとうございます。行ってらっしゃいませ」とやんわり断られた。
僕なりに店を任せてしまっている事に気を使ったつもりだった。
春菜さんはどうやら僕に対して一定の距離を保っている節がある。
それは社長の息子と従業員の関係性以外の何かがあるような気がした。
でも検討はつかないし、直接春菜さんに尋ねる事も面倒だった。
最近は何だか割り切れるようになってきたし、どうでも良くなってきた。小さな溜息をついた後に、店を出た。
商店街通りに面した自宅は食材の宝庫だった。
廃れた看板、胃袋がそそられる油の香りと活気づいた声が気に入っていた。
家から出ればコンビニはあるし、私鉄の最寄り駅まで歩いて五分はかからない。
古くから北総の小江戸と呼ばれる程、商家町と栄えた町。
南北に流れる小野川を水運として利用して物資の運搬を行っていた歴史があり、今でも歴史的建造物が多く残されている。
観光スポットとしても人気で県外ナンバーの車をよく見かける。
僕にはルーティンがあった。
近くの喫茶店でアイスコーヒーを買って小野川沿いを歩きながら、商店街を食べ歩きして自宅に戻る。
今日はお惣菜店に立ち寄り、メンチカツを食べながら戻った。この街の住人達の大半は親戚みたいな関係性だった。
小さい頃から近所付き合いを上手くやってきた両親のおかげで知っている人達ばかりだった。
みんな、人情味があり親戚のおじちゃん、おばちゃんみたいな存在。それが今になっても続いている。
人付き合いは決して得意ではないけれど、この街の人達は僕にとって特別だった。
だから自分の世界を害される事を僕はひどく嫌う。
気分屋の一面を持っている僕は、穏やかで平凡な生活が続けばいいと考える一方で、この平凡な生活から一歩でもいいから自分の生活を大きくしたいって考えが一パーセントくらい持っていた。
時々、その一パーセントが邪魔をしてきて、僕は何の為に生きているのだろうと。
自分という人間が特別なのかどうか他人と比較出来る、友人や知人がいない。
比較する人物と言えばせいぜい、会った事もないテレビに出ている芸能人を勝手に妄想して人物像を描き、自分と比較するくらい。
そんな存在だから、憧れや嫉妬は生まれない。だから平凡な生活を送っている。
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