親友の代償

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 例えば、私の知らない人が、自分のプライドを守るため、他者を(おとし)めたら、私はその人を非難するだろう。  しかし、私が自分のプライドを守るため、憎い相手を貶めるならば、それは至極真っ当な気もするのだ。 ★  私、大道寺慶子(だいどうじけいこ)には、斎藤茜(さいとうあかね)という元・親友がいた。  私たちは歩いて数分以内の距離に住み、クラスは違えど同じ中学に通っている。私は陸上部、茜はソフトテニス部だ。  昼休みに廊下を歩いていると、茜とすれ違った。  茜はいつも取り巻きの二人と行動している。  この二人は茜のそばにいなければ話題にも上がらない地味な女子だ。男子を紹介してもらっているという噂があり、茜には頭が上がらない、くだらないやつらだ。  私を見るたび、私に聞こえる声で、悪口を言ってくる。 「なんか臭くない?」と茜が言った。 「茜ちゃん、はっきりと言うんだね。昔は仲良かったんでしょ?」とモブキャラAが言う。 「冗談やめてよ。友達料もらってたから一緒にいてあげただけよ」 「さすが~。茜ちゃんはやっぱり優しいよね。モテるわけだよ」モブBがおだてると、モブAも負けじと媚びを売る。 「でも友達料ってエグいよね。大道寺の親、かわいそうだね」  私は聞こえないふりをして通りすぎた。  その場を離れてからしばらくすると、無性に腹が立ってきた。  相変わらず薄っぺらいやつだ。  友達料? なんだそれは!  準備が整ったらすぐに実行するだけだ。  それまでは、周りに蝿が飛んでると思って我慢しよう。  この音を聞けるのもあとわずかだ。  茜は昔から自分が一番じゃないと気が済まないタイプだった。  小学生のころは仲良かったが、中学に上がりすぐに仲違(なかたが)いした。  その理由は、私の成績が茜より良かったからだ。他の人が一時間以上かかることを私は十五分くらいでできるし、この能力の差は生まれつきのもので、凡人がいくら努力しても、私に(かな)うはずがない。  神様は不公平だ、という人はいるだろう。  残念ながら、それは弱者の、強者への怨恨根性にしかすぎない。  目立ちたがり屋の茜にとって、私が学年トップを守り続けていたことは不快だったのだろう。  事あるたびに難癖をつけ、恥をかかせようとしてくるからだ。  茜は成績が悪いというわけでないが、頭は悪いと思う。  学年で十位以内になることは奇跡に近いレベルだし、私がいなかったとしても一位を取れることはない。  それにも関わらず、執拗に嫌がらせをしてくる。  いじめが日常化した今となっては、もはや理由はどうでもいいのかもしれない。  クラスメートやソフトテニス部のメンバーは、私に対する、茜の執着具合に違和感を抱いているはずだ。    茜はソフトテニス部エースとしても有名で、色恋沙汰に巻き込まれるなど注目されることも多い。  私はというと地味なタイプで、話題に上がるのは、茜と()めたときくらいだからだ。  昼休みもあとわずかになったので、教室に戻ろうと廊下を歩いていた。  たまたま茜のクラスを通り過ぎたとき、彼女のクラスには誰もいないことに気づいた。  それぞれの椅子に制服がかけてあるので、おそらく体育の授業だろうか、と思った。  またとないチャンスだ。  私は茜のロッカーを開けてみた。  すぐ目に飛び込んできたのは、彼女の愛用しているハンカチだった。  これはブラコンの茜が兄からプレゼントされた思い出の品で、小学生のときから愛用しているものだ。  頭のいい幼馴染は、こうした情報もうまく利用できるものだ。  良い機会なので、茜のハンカチを持って帰ることにした。それを親指と人差し指で(つま)みとり、そのまま教室に戻った。  そして、何事もなかったかのように平穏な日を過ごし、寄り道もせずに帰宅した。 ★  玄関で靴を脱ぐと、母が声をかけてきた。 「慶子、茜ちゃんと喧嘩したの? 謝りたいって言って、うちに来てたのよ。でも、あんた遅いから、もう帰っちゃったよ」 「え? めちゃ最悪じゃん。まさか私の部屋に入れてないよね?」 「なに言ってるのよ。昔と同じように、あんたの部屋で待っててもらったよ」と母は答えた。私は急いで自分の部屋へ向かった。  思春期にもなれば、隠し事の一つや二つくらいあるものだ。自分の知らないところで、当たり前のように部屋に侵入されるのは不快で仕方がない。母親というのは、どうしてこんなにも鈍感なんだろう。  私の闇は引き出しの中にある。  その引き出しには鍵がかかっていて、触られたかどうかで判別できる罠くらい仕掛けてある。  凡人は鍵をかけているのを忘れて開けようとする知能しかないので、不便を感じることも多いだろうが、私は馬鹿ではない。  落ち着いて確認してみたが、探られた形跡はなかった。他のところも確認してみたが、漁られた形跡はない。  部屋を見回してみたが、それも気になる点はなかった。  あいつは何しにきたのだ。  そう思いながら、ベッドを見ると、私の布団の上に、カバンを置いたような跡が残っていた。  腰をかけていた様子はなかったが、それ以外に二つほど何か重いものを乗せていたようだ。  これはいったい何だろう。  調べようと思ったけど、アホらしくなった。  茜ごときを気にすることすら腹立たしいと思ったからだ。    放っておこうと思い、こっそりと持ち帰ってきた茜のハンカチを引き出しにしまって鍵をかけた。  そして煩わしい蝿の存在は忘れ、パソコンの電源を入れた。
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