親友の代償

2/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 次の日の夕方。  部活が終わって、帰りの準備をしているとき、ふと思った。  あいつは、私の部屋に何をしにきたのだ。  そう思った瞬間、居ても立ってもいられず、駆け足で家に帰った。  茜は留守の間を見計らって、盗聴器でも仕掛けたんじゃないだろうか。  昔からこのような直感はよく当たる。  向こうがその気なら応戦しよう。  やられる前にやるのだ。  平和ボケしている日本と言えど、自分の身は自分で守らなければならないのだ。 ★  深夜の十一時ごろ、私は親が寝静まるのを待っていた。  それはとある儀式をするためだ。  最近、私が没頭している趣味──それは黒魔術だった。  ネットサーフィンをしているときに、偶然立ち寄ったインターネット配信。初めて見たときは妖異な世界だと思った。  滑舌の良くない男性配信者と、彼を囲っている狂信的なリスナー。  怖いもの見たさのために数回ほど訪れたころには、彼らが、異常な復讐感情を持つ同志であることに気がついた。  意外にも居心地がよかったので、その奇々怪々な連中と過ごす時間が増えた。  気づいたころには、黒魔術に没頭していた。  リスナー同志で仲良くなるとコメント欄のやりとりも増えた。  私は「Madder(マダー)」と名乗るユーザーと気が合った。  男子か女子かはわからないが、学校でいつも恥をかかされていじめを受けているという。  自分と同じ境遇のユーザーがいたことに、親近感を抱いた。  黒魔術をかけるときに、一番重要なことは、何がなんでも相手を呪ってやるという強い信念だという。  途中でかわいそうになって中断する者が多いと聞くが、これはとても危険だという。  あらためて茜のことを考えてみた。あいつは単なる小蝿なのだ。  私だけの世界で快適に過ごすために、当然駆除されるべき存在なのだ。  何がなんでも呪いを成功させようと意を決した。  私の部屋のドアの上には小窓があり、廊下の電気の状態を確認できる。  廊下の電気は消えているようなので、両親は寝たに違いない。  さあ実行しよう。  魔術書を読みながら進めていく。まず、紙とペンと瓶を用意する。瓶はふたの大きいものを選んだ。  許せない相手に対する怒り、憎しみ、恨みを紙に書く。  性格が悪い、気味の悪いポエムを書いている、あいつの家がくさい、テニス用のバンドの裏に両想いの相手の名前を書いていて気持ち悪い──思うままに列挙した。  特に気に食わないのが、あいつの体育座りだ。  天然なんかじゃない。男子の気を引くように、計算されつくした座り方なのだ。  一見、上品そうに体育座りをしているのだが、足を少し開いて、隙だらけの尻軽女子みたいに誘惑している。  座り方の文句も長々と書いてやった。  追加オプションとして、相手の身体の自由を奪うための呪いが書いてあった。呪いたい箇所を強く念じながら針を入れるのだ。茜はテニス部のエースなので、狙う場所は決まっている。もちろん利き腕である右腕だ。  準備は整った。  瓶のふたを開けて、そこに口を当てながら、 「ダレディマローヌ、ホルーミュ、バーヌス、プロープ、バルジュネシフォレ」  と、瓶の中に怨念を送り込むイメージで、呪文を唱えた。  悪口を書き連ねた紙・ビリビリに切り裂いたあいつのハンカチ・針を瓶の中に入れた。  あとは夜眠るとき、瓶のフタを開けたまま窓際に置いておくだけだ。  無事に終わり、私は安堵の胸を撫でおろした。  思ったよりも簡単だった。  こんなことならもっと早くやれば良かった。  少しの努力だけで茜が苦しむのは滑稽なことだ。  今日明日と疲労がくるらしいが、それさえ乗り越えれば、あいつを呪うことができる。  これは普通の呪いじゃない。  呪いを解くことが大変だといわれている黒魔術なのだ。 ★  数日後。  茜は体調不良で学校を休んだ。  呪いによるものか、単なる風邪なのか、どちらかわからなかったので、そわそわした気持ちでいた。  しかし、険悪な状態の茜と連絡を取って確かめることはできない。  落ち着きなく午前中を過ごしていたが、昼休みに、茜の取り巻きの二人がやってきた。 「大道寺さん、茜の様子がおかしいの。電話かけてもブツブツ意味わからないこというのよ」とモブAが質問をしてきた。 「そうなんだ。不思議だね」  私は歓喜からガッツポーズをしたい気持ちになったが、なんとか堪え、いつもの彼女らしく冷静に振舞った。  不思議だね、という言葉は決して嘘ではなかった。  私自身、こんなに早く効果が出るなんて思わなかったからだ。 「なにか知らないかな? 茜の部屋の中に、何かがいるらしいのよ」 「斎藤さんと仲良くないからわからないよ」  そう言って立ち去ろうとすると、今まで黙っていた、モブBが大声で叫んだ。 「それでも親友かよ!」  茜もバカなら友達も馬鹿だった。  私以外、みんな馬鹿なのだ。  そして振り返りながら、こう言った。 「元から親友じゃないよ。友達料くれたから一緒にいてあげただけだよ」  二人はポカンとしていたので、私はすぐにその場を離れた。  友達料なんてセンスのない言葉だが、今の私にとっては美しい言葉だった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!