栗拾異

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 栗拾いの係は当日学校を休むことが許されている。これはあまり知られていないことだが、作業をきちんと全うした者には、大きな内申点が与えられる。  裏山の栗拾いは、祭りよりも大事な町のイベントだ。どこから漏れているのか、タカシが初日の栗拾い係に選ばれたことが、翌日には町中に知れ渡っていた。 「タカシちゃん、頑張りぃや」 「おうタカ坊、期待してるぞ」  すれ違う人々が、いちいちタカシに声をかけてくる。それが、幼いタカシにはどこか気持ち悪かった。楽しみなのは分かる。分かるのだが、何となく笑顔に隠れた圧力のようなものを感じるのだ。応援を受けるたびに、何だか「ちゃんと集めてこなければ承知しないぞ」と脅されているような気がする。  翌日から栗拾いが始まる。授業を終え、タカシはひとりでさっさと帰路についた。ここ最近、ずっと栗を楽しみにする人々に囲まれて、正直うんざりしていたのだ。  今までは気付かなかったけれど、あの栗に関する時の大人たちは少し異常だ。ただ旬の旨いものを食べたいという程度の様子ではない。まるで麻薬を求めているかのような狂気をうっすらと感じる。  そういえば、自分もそうだった。不思議に思ったことはなかったが、栗ご飯を一口食べると我を忘れて獣のようになってしまう。幸福感に頭を支配され、食べ終わった茶碗を舐め回す始末だ。 「えっ?」  足が止まる。  いや、だいぶヤバくね?  気付いた瞬間、背中がぞっとした。そうだ、どう考えてもこれは異常だ。今まではものだと認識していたが、たかが栗を食べるだけで、あそこまでおかしくならない。  何よりも旨い裏山の栗。あれは本当に、ただの栗なのだろうか。そもそも、十三歳の子供しか参加できないという決まりも妙な話だ。  本当に大丈夫なのかな。  楽しみだったイベントなのに、何だか腹の辺りが気持ち悪い。  柿の木が覗く民家の塀に囲まれた細道には、黄金色の西日が差し込んでいる。そこに伸びる自分の影が、何故かひどく不気味に感じられた。 「……早く帰ろう」  遠くで、カラスが鳴いた。
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