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 三ヶ月の――その間に三回の自殺未遂をした――療養を経て紹介されたのは、イェンロンファミリーという巨大組織の頭目を引退したドン・イェンロンという男が営む小さな〈運び屋〉だった。   促されるままソファに座ると、 「片目がつぶれているようだが、支障はないのか?」  トキオの閉じたままの右目を険しい目つきで見ながらドンが言った。 「はい。レースでなければ大丈夫です」 「そうか、まあいい。運転もできないくせに、はねっかえりでほとほと困り果てている娘がいてな。すまんが、お守りも兼ねてそいつと組んでもらう」 「はい」  応えると、ちょうどドアを叩く音がした。 「タイミングよく現れたようだな。入れ!」  ドンの呼びかけで入ってきた人物を見て、トキオは思わず、 「エレナ……」  と、呟いていた。 「なに言ってるの? あたしはそんな可愛い名前じゃないよ」  ぶっきらぼうに言ってトキオのとなりへ乱暴に腰かけ、顔をしかめながらこめかみを揉みはじめた少女は、どこからどう見てもエレナに瓜二つだった。 「気分でも悪いのか?」 「きのう、マクブライトと飲み過ぎちまって二日酔いだよ」 「やれやれだな」ドンはため息をつき、「この娘はハナコ・プランバーゴ。こいつと組んでもらう」と、ふたたびため息をついた。 「ハナコ――」  ――プランバーゴ。  その花言葉は、〈ひめた情熱〉 「名前で呼ばないで」 「え?」  我に返ると、ハナコ・プランバーゴは名前で呼ばれたのが心底いやだったのか眉間にシワを寄せながらトキオを睨みつけていた。  その射るような視線に気圧されながら自己紹介を済ませると、すぐに仕事に取りかかるようドンに言われ、表に停めてあった車に乗り込んだ。  久しぶりの車の運転にすこし緊張しながら、 「ハナコさんは、この仕事は長いんですか?」  と訊くと、 「長いように見えるわけ? まだ一年くらいだよ。一応、これでもまだ花も恥じらう十五歳だからね」助手席のハナコは、つまらなさそうに窓外の景色をみながら応えた。「ああ、それとさっきも言ったけど、あたしのことを名前で呼ばないで」 「ああ……じゃあ、ネエさんと呼ばせてもらいます」 「柄じゃないよ、あんたのが年上だろ?」  鼻で笑うハナコ。 「でも、ハナ……ネエさんは先輩ですし。それに――」  ――それにおれはいちど死んだようなものだから。 「それに、なに?」 「え?」  いつのまにかハナコの視線がトキオに向けられている。  ふと、エレナに見つめられているような気がした。 「い、いや、なんでもないです」 「ふん、ヘンな奴と組まされたみたいね」 「すいません」 「謝んなよ、そんなことで。ああ、それと給料が出たらさ、渋いアイパッチを買ってやるよ。そうすりゃ箔がついてナメられなくなるからな」 「いいんですか?」 「それくらいはしてやるよ、相棒がナメられたら、あたしだってこまるからね」  すこし口元を緩めて言ったハナコは、ふたたび窓外の景色へと視線をもどした。  エレナが言っていた、九番の親戚がハナコのことなのかどうかはもはや知る術もなかったが、そんなことはどうでも良かった。自分勝手なのは重々承知だが、あの日々のなかでけっきょく守りきることもできなかった恋人のためにも、ハナコ・プランバーゴを守り抜こうと、トキオは胸の裡でひそかに決心していた――  ――それが、自分の贖罪なのかもしれない。
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