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 朦朧とする意識のなか、 「まずは優勝おめでとう、トキオ」  ゲイの言葉がひびいた。  右の太ももに激痛が走る。  目を開き、なぜか狭い視界のなか太ももを見ると、そこにはアイスピックが深々と突き刺さっていて、その柄をにぎった半裸のゲイが目の前で愉快そうに笑みを浮かべていた。 「ここは?」  痛みに耐えながら訊くと、 「まだ意識が朦朧としているようだな」  ゲイに首からさげた小瓶を鼻先につきつけられた。  小瓶には、眼球。  そうか、眼を……  とたんに右目があった箇所が鈍く痛みはじめた。  同時にイスに縛りつけられているのに気がつく。 「これは記念品(スーベニア)としてもらっておくぞ、トキオ」小瓶をさげたゲイが血にまみれたアイスピックを右太ももから抜き取った。「まったく、残念至極だよ、トキオ。おまえのことは本気で信頼していたんだが、まさかあんなかたちで裏切られるとはな。そんなに優勝トロフィーの重みを感じたかったのか?」 「……おれは、変わっちゃいけなかったんだ」 「……そういえば、ここがどこか訊いていたな。教えてやる。ここは、お前たちの処刑場だ」 「お……お前たち?」 「ああ、悪い。言ってなかったな。あのレースの際に、ボスの命令でお前の恋人と親父を人質にとっていたんだが、お前が裏切るようなまねはしないと勝手に判断しちまって言わなかったんだ」 深いため息をつくゲイ。 「今となっちゃ、お互いにとって後の祭りになっちまったな。個人的には非常に残念だ」 「二人になにかあったら、許さないぞ!」 「おいおいおいおい、怖いこと言うなよ、トキオ。おれはお前のことが今でも好きなんだぜ? だからせめてもの救いとしてお前が気を失っているあいだにってのに」  先に済ませちまった? 「なにを言ってるんだ? 二人はどこにいるんだ!」  ゲイはトキオに動じることもなく、握った左手をトキオの鼻先で広げた。  そこには、エレナに贈った誕生祝いの指輪があった。 「まあ、こういうことだ」  激高したトキオは、ゲイの左手の薬指を噛みちぎった。  一瞬、唖然としたゲイは、痛がる素振りも見せずにふたたび笑みを浮かべた。 「なぜかな、痛みが分かるような気がするぞ、トキオ」 「お前だけは、許さない」 「恐怖ではなく怒りか、痛みを得るヒントは」独りごち、なにかに納得するようにして頷くゲイ。「まあ、いい」  血だらけの左手にかまうこともなくゲイが手を二回たたくと、それを合図にして部屋へひとりの男が入ってきた。 「お前は……」  男は、スラムの闇医者、鷲鼻のスキッピオだった。 「なんで、あんたがここに……?」 「スキッピオは組織のお抱えなんだよ、トキオ。安心しろ、おれとはちがってこいつは優しく殺してくれる。それがせめてもの情けだ」  ゲイの説明のあいだに、スキッピオは淡々とした調子でアルミ製の小さな作業台へ注射器やら得体の知れない液体の入った小瓶やらを並べてゆく。 「やれ」  言って、ゲイはもはやトキオに興味を失ったのか、視線を向けることもなく部屋を出ていった。 「すまない。こうなったのも、もとを辿ればすべておれのせいかもしれん」  スキッピオはいつもとはちがい、素面(しらふ)のようだった。 「ほんとうに、エレナと親父は……?」  訊ねると、 「頼む、その先をおれに言わせないでくれ」  スキッピオは沈痛な面持ちで言って、トキオの腕に注射針を刺した。  とても、痛かった。  それが六番での最後の記憶だった。
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