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4.
二人で河原に行った次の日、セレは諒太郎に対して明らかによそよそしい態度を取った。
冷たくされているわけではないが、どことなく会話がぎこちない。
諒太郎はすぐにそのことに気づき、セレのことが心配になった。
しかし学校にいる間は何と言えばいいのかわからず、諒太郎が声をかけることができたのは、放課後、二人であの店に行ってからのことだった。
「セレ……あのさ、無理……してない……?」
「うん? 何の話だい?」
セレは今、諒太郎の目の前で石を磨いていた。
彼が言うには、河原に落ちている何気ない石でも、磨けばまた違った姿になるらしい。店には石を磨くための紙やすりも売られていて、店主の許可をもらったセレは、店の隅にある机でさっそく研磨作業を始めていた。
「だから、その……昨日、河原に行ったとき、セレ、何だかちょっと変な気がしたから……もしかして、無理して平気なふりしてるんじゃないかって心配になって」
セレは手を止めて諒太郎の話を聞いていたが、すぐにまた不思議そうな声を出した。
「何がそんなに心配なのかよくわからないけど……僕ならもう平気だよ」
「で、でも……」
「昨日は本当に、うっかりしていたんだ。伯母さんが一緒に夕飯を食べようなんて言うことはめったに無いから、忘れていた。それだけだよ。大丈夫。別に伯母さんの機嫌を損ねたわけでもない」
セレは話をそらそうとしている。諒太郎にはそれがはっきりと分かるのに、肝心の、話の核心を突く方法が分からない。
結局諒太郎は黙り込んでしまい、作業を再開したセレの手元を見ていることしかできなかった。
セレの白い手のひらが、ごつごつとした石を丁寧に磨き上げていく。
彼はこの作業に慣れているらしく、地道な作業だというのに、少しも焦ったり戸惑ったりする様子がなかった。
彼は本当に器用で、物知りで、頭が良い。
――――セレがうらやましい。
諒太郎はふと、そんなことを思った。
もしも自分が、セレと同じくらい物知りであったなら、彼の心を開く言葉を見つけることができたかもしれない。
だが実際には、今の自分にそんな頭の良さはなくて、結局彼に言いくるめられたまま、こうして黙って見ていることしかできない。
悔しくて、うらやましい。そして、叶うことなら、彼と対等に話せるような自分になりたい。
諒太郎がそんな風に思う間に、セレは丹念に石を磨き上げ、その成果の一部を、店で作業している店主に自慢げに話したりもしていた。
諒太郎は、自分たち二人の距離が、急に遠くなってしまったような気がした。
*
この頃セレは、あの青い石の標本を見ることがなくなった。
天青石ではなく、転校初日に学校に持って行った、小さな石の標本箱である。
上級生に取り上げられたとき、箱は壊されてしまったが、中の石は無事だった。いいや、無事だったというのは正確ではない。あの日、諒太郎が鞄を取り返してくれたときに、青い石もまた河原から拾い集めてくれたのだ。
箱に関しては、あの店の店主に頼んで、同じようなものを見つけてもらった。以前と同じように白い布を敷いて、青い石を六個並べる。そうして箱の留め金を留めれば、あの日の標本と同じ姿になる。
しかし、セレはどうしても、この標本を眺める気にはなれなかった。
ある夜、セレは自分の部屋で磨き上げた石を見ていた。
ここ数日、あの店に通って磨いていた石である。この数日間で、どこにでもありそうな灰色の石は、なめらかな光沢を持つ石へと姿を変えていた。
以前のセレだったら、どんなに磨いても灰色のままの石に興味など持たなかった。
磨いてみようという気になったのは、やはり諒太郎の影響が大きい。
彼が好きだというものに、もう少し手を入れたら、もっと良いものになると思ったのだ。
それに、石を磨いている間は無心になれる。胸に抱いてしまった感情を忘れて、作業に没頭できることは救いだった。
諒太郎は、セレが作業している間、ずっと近くにいてくれた。最初の日に一度声をかけられた後は、もう何を追及されることもない。
セレが望む通りの何事もない日常が、ここ数日間静かに過ぎていった。
これでいい、このまま毎日を過ごしていこう、とセレは自分に言い聞かせた。
磨き上げた石の感触は、セレにとっても悪いものではない。
転校までの数週間は、こうして毎日河原の石を磨き続けよう。そうして転校した後は、この石を諒太郎との思い出として大事にとっておけばいい。
セレは、これこそ一番良い方法に違いないと思った。否、思おうとした。
心の奥から聞こえる本当の声には耳を塞ぐ。とにかく、今の自分に出来る最善の行動はこれしかない。
これ以上、何を望むというのだ。
石を磨き、石と触れ合う時間はセレにとっても嫌いではない。それに、近くにはいつも諒太郎がいてくれる。彼は余計なことを聞かなくなり、セレの胸の内がこれ以上探られることはない。
自分の本当の気持ちを隠したまま、諒太郎との友情を続けられるのだ。何と都合の良い状況だろう。この状態がずっと続いてくれれば良い。
そして、何事もなく転校の日を迎え、諒太郎とは、あくまで『友達』のまま別れを告げたい。
別の町に引っ越してしまえば、諒太郎に抱いてしまった、この身勝手な気持ちも薄れるだろう。
後は時間が、すべてを忘れさせてくれる。セレも諒太郎を忘れ、諒太郎もセレを忘れる。
それでいい。それがいい。
これこそが、諒太郎を傷つけずにこの友情を終わらせる、一番良い方法だ。
セレは自らを納得させ、磨いた石を机の引き出しにしまった。
今夜は月が出ていない。明かりをつけていない部屋は暗かった。
天青石を取り出すか少し悩んで、セレはやめることにした。
あの石を見たら、きっと思い出してしまう。
――――僕は、諒太郎のことが好きだ――――
それを思い出すことが怖くて、セレは慌ててベッドに入った。
もう、あの気持ちはなかったことにするのだ。
諒太郎を破滅させるわけにはいかない。そのための良い方法があることを、今さっき確かめたばかりではないか。
しかし、布団をかぶったセレの心に、またしてもあの思いが湧き上がる。
(諒太郎)
どうか、この気持ちが彼自身には届かないように。そう願いながら、セレは胸の中でつぶやいた。
(僕は君のことが好きだ……ごまかしようがないくらい、好きなんだ……)
決して届かない、届いてはいけない願いを抱えながら、セレは一人、長い夜を耐え続けた。
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