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5-1.
諒太郎は、毎日が不安でたまらなかった。
セレはずっと石を磨くことに夢中になっている。それ自体はいい。
問題は、セレの体調が急に悪くなってきていることだった。
セレ自身はそれを認めようとしない。だが、目の下にできたクマ、ふらついた足取り、明らかに多い忘れ物、得意なはずの算数での間違い――――セレの体調不良を疑う要因はいくらでもあった。そして、その原因が何らかの悩み事であることも疑いようがない。
話したくないのなら無理に聞き出さない方がいいと思って、諒太郎はこの一週間、何も尋ねないでいた。
こちらから何も聞かなければ、セレと一緒に、何事もない一日を過ごすことができる。しかし悩み事の原因を聞こうとすれば、やっと生まれた信頼関係が壊れてしまうかもしれない。諒太郎はそれが怖かった。
だが、そんなことを気にしている場合ではないかもしれない。
諒太郎はいつもの教室で、眠そうにうつむいているセレの姿を見つめていた。
二人で一緒に河原に行った最初の日、すでにセレの様子はおかしかった。あのときからずっと、セレは何かを隠し続けている。
まだ今の諒太郎には打ち明けられないということだろうか。それならば構わない。セレが自分から話してくれるまで、諒太郎はいつまででも待つつもりだ。
だが、セレがこのまま何も話してくれなかったらと思うと、諒太郎は不安になった。
セレと一緒にいられる時間は、この九月の間しかない。彼は自分の秘密を誰にも告げずに転校するつもりかもしれない。
それだけは嫌だ――――と諒太郎は思った。
諒太郎は、セレのことをもっと知りたい。できることなら、彼が隠していることすべてを知りたいのだ。
もしかしたらセレは、諒太郎に迷惑をかけないように、隠し事をしているのかもしれない。だが諒太郎は、そんな遠慮はしてほしくないと思う。
自分たちは、友達なのだ。もしもセレが何かに悩んでいるのなら、どんなことでも自分に話してほしかった。セレは人を信じることに慣れていないようだから、彼にとって難しいことを強いているのかもしれない。それでも、どうか勇気を出して話してほしいと、願わずにはいられなかった。
自分たちが一緒にいられる時間は、あと数週間しかないのだ。
別れの日を迎えるときに、後悔だけはしたくない。
セレと別れるその日には、「必ずまた会おうね」と笑って約束したいから。
「セレ」
セレの態度がよそよそしくなったあの日から十日。諒太郎は意を決して、自分からセレに声をかけた。
すでに九月も半ばに入っている。
学校の休み時間、外は雨だ。クラスメイトのほとんどが教室に留まっていて、皆の話し声があちこちで行き交っていた。
これならセレと話していても、誰も気にしないだろう。諒太郎は今だとばかりにセレの机に駆け寄った。
「……諒太郎?」
セレは机の上に置いた石を見ていて、少し驚いた様子で諒太郎を見上げた。今日も石磨きに没頭していることに変わりはないらしい。
「セレ、良かったら少し外に出ようよ。ほとんど人が来ない場所を知っているんだ」
「今から? ……どうして急に」
セレは教室を離れることを渋っているようだった。出会ったばかりの頃の彼だったら、むしろ自分から教室を出ようと言いそうなものなのに。
「ちょっと話したいことがあるから……」
諒太郎がそう言うと、セレは明らかに警戒する表情を見せた。二人だけになる状況を避けたいのだろう。
「今から行っても、休み時間が終わるまでに戻ってこられない」
それらしい理由を付けて、セレは諒太郎の提案を拒んだ。
しかし、諒太郎も簡単には引き下がらない。
「それなら次の授業は休めばいいよ。行こう」
諒太郎はセレの腕を引こうとしたが、彼はすかさず体を避ける。
「諒太郎。どうしたんだ、こんなの君らしくない」
セレは明らかに苛立っている。確かにいつもの諒太郎なら、こんなことはしない。だが今の諒太郎は、セレが思っているよりも遙かに強い気持ちでこの状況に臨んでいるのだ。
「『君らしくない』のはセレの方だよ。最近ちょっと様子が変だなって思ってたけど、それは何かを隠してるからだよね?」
諒太郎がそう言い放つと、セレは眉根を寄せた。きっと図星に違いないのに、そのことを不機嫌そうな態度で覆い隠している。
セレのわずかな隙を突き、諒太郎は今度こそ彼の腕を取ると、イスから立ち上がらせた。
「セレ。行こう。次の授業なんてどうでもいい。僕は、もっと大事なもののために、君と話をしたいんだ」
諒太郎の決意を込めた瞳を見て、セレも何らかの覚悟を決めたようだった。彼は背筋を正すと、青い瞳に強い意志を宿して答えた。
「そこまで言うなら僕も行こう。でも、僕の話すことが君の望むとおりでなかったとしても、責任は取れない」
「……わかってる」
毅然としたセレの言葉に、諒太郎は一瞬たじろぐ。覚悟を決めた青い瞳には、生やさしい言葉を一切受け付けない強さがあった。
二人は互いの中に張り詰めた糸があることを感じながら、諒太郎の知る中庭の隅へと歩き始めた。
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