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「ねえおじさん。この石は何?」  日曜日の穏やかな昼下がり。雑貨屋とは名ばかりの『がらくた屋』のような店の中で、一人の子供がそれを指さした。  透き通った淡青色の中に、濃い青色が包み込まれるようにして隠されている、一つの石。  大きさは子供の握り拳ほどだ。しかし、よくよく近くで見つめてみると、実際以上に大きくなって見える、不思議な石だった。  窓辺の光を受けてきらきらと輝くその石を、店主ははっとして見た。 「その石に触ってはいけないよ」  店主は、静かながらも逆らうことを許さないような空気を漂わせ、目の前の子供にそう言った。 「その石は、大切なものなんだ」  店主は子供の返事を待たず、すぐにその石を手に取った。そして店主しか開けることのできない、鍵のかかった引き出しの中へとしまってしまう。 「ねえ、その石は何? どうしてここにあったの?」  いつもは大人しいその子供が、珍しく食い下がってくる。 「この石は売り物ではないんだ。君には関係ないものだよ」 「じゃあ、なんでここに置いてあったの?」 「それは……」  いつも冷静なはずの店主が、一瞬言葉に詰まった。そこにたたみかけるように、子供の質問が飛んでくる。 「その石はなんていうの?」  その子の必死そうな問いかけに、店主はしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。 「……天青石(てんせいせき)だ」 「天青石……」  子供心にも、何か感じるものがあったのだろうか。  その子は石の名前を聞いた途端大人しくなり、それ以上店主に何かを聞いてくることはなかった。  しかし、石への興味は消えていないらしく、子供は少し離れたところからちらちらと店主の方を見ている。  店主は珍しく思い悩むような顔をすると、いつもよりもずっと早い時間に『本日の営業は終了しました』と書かれた札を掲げた。  帰り際まであの子供は店主の方を見つめていたが、結局あれ以上質問することはなく、素直に家に帰っていった。  店を閉めた店主は安堵し、引き出しの中からあの青い石を取り出した。  すでに日は傾き、東の空には白い月が昇り始めている。  もう少しすれば月は輝き始め、この石にふさわしい夜がやってくるだろう。  店主は窓辺に腰掛け、月の光が当たる場所に石を置いた。 『ねえ、その石は何? どうしてここにあったの?』  あの子供の言葉が、まだ耳の奥に残っている。  店主は頭を振って、その言葉をかき消そうとした。  理由などない。これは何気ない日常の一部だ。  わざわざ子供に語って聞かせるような理由など、何も―――― (……本当に?)  店主は自らの思考に疑問を持った。  本当に、この行動に理由は無いのだろうか。  何か、とても大切な理由があったのではないのか。  そう思い始めたとき、店主の脳裏に遠い日の記憶が浮かんだ。  ――――この石は天青石っていうんだ。きれいな石だろう――――  誰かの言葉が脳裏をよぎったとき、少年だったあの頃の感覚がよみがえってきた。  あの頃感じていた自分の、漠然とした自信のなさや、不安定さ。自分の中に確固たるものを持てず、いつもどこでもない場所を漂っていたような感覚。  そんな感覚を思い出した店主は、忘れていたはずの遠い日々の記憶の中を、漂い始めた。
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