3人が本棚に入れています
本棚に追加
0.
「ねえおじさん。この石は何?」
日曜日の穏やかな昼下がり。雑貨屋とは名ばかりの『がらくた屋』のような店の中で、一人の子供がそれを指さした。
透き通った淡青色の中に、濃い青色が包み込まれるようにして隠されている、一つの石。
大きさは子供の握り拳ほどだ。しかし、よくよく近くで見つめてみると、実際以上に大きくなって見える、不思議な石だった。
窓辺の光を受けてきらきらと輝くその石を、店主ははっとして見た。
「その石に触ってはいけないよ」
店主は、静かながらも逆らうことを許さないような空気を漂わせ、目の前の子供にそう言った。
「その石は、大切なものなんだ」
店主は子供の返事を待たず、すぐにその石を手に取った。そして店主しか開けることのできない、鍵のかかった引き出しの中へとしまってしまう。
「ねえ、その石は何? どうしてここにあったの?」
いつもは大人しいその子供が、珍しく食い下がってくる。
「この石は売り物ではないんだ。君には関係ないものだよ」
「じゃあ、なんでここに置いてあったの?」
「それは……」
いつも冷静なはずの店主が、一瞬言葉に詰まった。そこにたたみかけるように、子供の質問が飛んでくる。
「その石はなんていうの?」
その子の必死そうな問いかけに、店主はしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「……天青石(てんせいせき)だ」
「天青石……」
子供心にも、何か感じるものがあったのだろうか。
その子は石の名前を聞いた途端大人しくなり、それ以上店主に何かを聞いてくることはなかった。
しかし、石への興味は消えていないらしく、子供は少し離れたところからちらちらと店主の方を見ている。
店主は珍しく思い悩むような顔をすると、いつもよりもずっと早い時間に『本日の営業は終了しました』と書かれた札を掲げた。
帰り際まであの子供は店主の方を見つめていたが、結局あれ以上質問することはなく、素直に家に帰っていった。
店を閉めた店主は安堵し、引き出しの中からあの青い石を取り出した。
すでに日は傾き、東の空には白い月が昇り始めている。
もう少しすれば月は輝き始め、この石にふさわしい夜がやってくるだろう。
店主は窓辺に腰掛け、月の光が当たる場所に石を置いた。
『ねえ、その石は何? どうしてここにあったの?』
あの子供の言葉が、まだ耳の奥に残っている。
店主は頭を振って、その言葉をかき消そうとした。
理由などない。これは何気ない日常の一部だ。
わざわざ子供に語って聞かせるような理由など、何も――――
(……本当に?)
店主は自らの思考に疑問を持った。
本当に、この行動に理由は無いのだろうか。
何か、とても大切な理由があったのではないのか。
そう思い始めたとき、店主の脳裏に遠い日の記憶が浮かんだ。
――――この石は天青石っていうんだ。きれいな石だろう――――
誰かの言葉が脳裏をよぎったとき、少年だったあの頃の感覚がよみがえってきた。
あの頃感じていた自分の、漠然とした自信のなさや、不安定さ。自分の中に確固たるものを持てず、いつもどこでもない場所を漂っていたような感覚。
そんな感覚を思い出した店主は、忘れていたはずの遠い日々の記憶の中を、漂い始めた。
最初のコメントを投稿しよう!