Tokyo Underground IDOL

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そんな大きなキャリーケース転がして、どこか遠くへ旅行にでも行くのかって? 私はどこにも行けない、ライブハウス以外は。私はアイドル。東京の、地下にきらめくアイドル。東京の、毛細血管のような交通網を駆使して、いろんなライブハウスに出演する。多いときは週に5本。
 毎ライブ、うちの客は10〜15人くらい。誰もいないフロアに向かって踊っていた頃を思えば、御の字だ。さらにチェキを撮ってくれるので本当にありがたい。
いわゆる「地底」にいた頃、私たちにオリジナル曲はなく、既存曲のカバー(まぁ、言うて、カラオケだ)を披露していた。それからすごくすごく頑張って、オリジナル曲を作ってもらうことができた。この曲はメッセージ性が強く、メロディーも力強い。オケのアレンジも良い。歌詞にも共感できる。ちなみに私はこの曲が大好きだ。この曲を歌うとき、私の心には一切の嘘がなくて、涙さえ出そうになる。人は、本当に心から思っていることを口にするときは涙が出てしまうのだと知った。
…その曲がいわゆる「楽曲派」オタクたちの目に留まったのか、私たちのグループは少しずつ注目されるようになった。それが少しずつ動員につながった。 私はアイドルをやっている時の自分が好きだ。他のアイドルとファンの数を比べて病んだりしないし、数は少ないとしても、全てのファンに感謝の念がある。おっさんも、メンヘラ女子も、大学生も、同業者も、みんな愛おしい。SNSを覗くと、みんな生活を営んでいて、その中のアクセントとして私たちグループのライブがある、ように思える。 アイドルをやっている自分が好きだ、ステージに立って歌って踊る自分が好きだ。
だけどそれ以外の自分は嫌いだ。だらしなくて、家はグチャグチャで、食生活は壊滅状態。 大学生の頃から交際している彼氏は、アイドル活動に関して何も口出しをしてこなかった。むしろ応援してくれていた。
グループリーダーで最高齢の私が28歳の誕生日を迎えた時、結婚の話を切り出された。プロポーズされたのだ。
 彼のことは好きだ。ずっと一緒にいたいと思っている。アイドル活動をする上で、絶対にバレないように大切に大切に守ってきた秘密が、彼の存在だった。 「私でいいの?」
 「お前がいいんだよ」 そうして、結婚の段取りが始まった。籍を入れるのは来年になりそうだ。 だけど。家族になるであろう彼にも、グループのメンバーにも、厳重に隠している、人生の大きな計画がある。
 もうちょっと有名になれたら、のし上がれたら、あの大きなハコでワンマンができたら。

 「絶対にアイドル史に名前を残す方法がある」 私は確信していた。

 確信を得てから、 
数年が経ってグループを取り巻く環境が変わって、 
それでも、それは揺るがなかった。 「本日は、ご来場いただきありがとうございます!
」 「「「ありがとうございます!!!!」」」
 「やっとだね…」 
「こんなにたくさんのファンのみんなに支えられて。やっと、このステージに立つことができました」
 「ここ、武道館のステージに立つことは、とても大きな目標として何年も努力を重ねてきました。だから今日が…本当に…夢のようです」 「次が最後の曲です。この曲を歌うときは、私の心には一切の嘘もありません。そのくらいね、私の歌かな?って思ったの。っていうか、ううん、このグループの歌。
……それでは聴いてください、最後の曲です。『Tokyo Underground IDOL』」 
こうして本編は大盛況で幕を閉じた。当然、アンコールを求める手拍子がやまない。
この時にはもう、私は覚悟を決めていた。晴れやかな気持ちだった。 メンバーがまばらにステージに戻っていく。
「「「アンコールありがとうございます!!!」」」
「ではアンコールにお応えして、あと3曲だけ、歌わせてもらいたいと思います」
「本当にありがとう!!!」
「それにしてもリーダー遅いね(笑)」 
私はまだ楽屋にいた。みんなごめんね。という言葉は飲み込んだ。ごめんねじゃない、ありがとうなんだ。
あとはスピード勝負だった。重いポリタンクを抱えてステージに走る。そこからはもう、覚えてんだか覚えてないんだか。 ポリタンクを逆さまにして頭からガソリンをかぶる。たっぷり、たっぷり浴びる。今日のためにしつらえた可愛い衣装がガソリンに濡れる。今までありがとう!
 メンバーは何が起きているかわからずひたすら動揺してそれでもMCで場を繋ごうとしている。流石に異変に気付いたスタッフが私の元へ駆け寄ってくる。同じく異変に気付いたフロアの古参ファンが、叫び声をあげながらステージに登ろうとして警備に阻止されている。 
私は、腹からの声で、オフマイクで叫んだ。 
「みんな今までありがとう!とっても幸せなアイドルでした!だから!!!私のこと、ずっと忘れないで!!!!!」 駆け寄ってくる人々。女の子の悲鳴。周囲の全てがスローモーションに見えた。
 
私は震える手で擦ったマッチを、ガソリンの水たまりと化した足元に投げた。
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