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次に季節外れの彼岸花が咲いたのは英美さんの家の真向かい、英美さんや日比野さんのよりも少し小ぶりな椎名さんの家の庭だった。
ゴミ袋を持った英美さんは柵の間から庭を覗き込んだ。主の性格を写したかのように小ぢんまりと整っていた庭は、いつもと違って燻んだ空気を発していた。
原因はすぐにわかった。萎れかかった朝顔の鉢植えの向こう、庭の真ん中にそれを見つけた。まっすぐに立った彼岸花は、腹が立つくらい鮮やかな赤色を見せつけるように咲いていた。
もちろん、英美さんだって日比野さんの話を全て鵜呑みにしていたわけではない。ただ、数日前から椎名さんの家には明かりがついていなかった。ゴミ出しの時間にも彼女が姿を見せることはなく、何となくそれが気がかりだったのだ。
「あら、どうしたの? ボーっと突っ立って」
軋む門の音と一緒に日比野さんが姿を現した。
「すみません、最近椎名さんに会いましたか?」
「そう言えば近頃、あのうるさい声を聞いていないわね。道理で体調がいいと思った」
ケロっとした顔で憎まれ口を叩いていた日比野さんの視線が、椎名さん宅の庭先で止まった。
「あら、咲いたのね」
感情の読み取れない平板な口調に英美さんの首筋が逆立った。
「……大丈夫ですよね。花が咲いたからって必ず死ぬわけじゃないですよね?」
震え声の英美さんの問いを、日比野さんは否定も肯定もしなかった。ただ一言「思ってたより、ずっと早かった」とだけ呟くと、彼女を置いて収集場の方へ歩いて行ってしまった。
数日後、椎名さんの家へ見知らぬ高齢の男がタクシーに乗ってやってきた。家の前に出ていた英美さんに彼が声をかける。
「もしかして、貴方が飯田英美さんでしょうか?娘から聞いています。向かいの方には随分仲良くしていただいたと」
目に涙を浮かべて頭を下げられ、英美さんはたじろいだ。
「いえ……こちらこそ、お世話に、なっています。あの、娘さんは……?」
「亡くなりました……交通事故だっんです。行ったこともない遠い街で車に撥ねられてしまいました。聞けば、この数日会社を無断欠勤していたようで……。しっかりした娘です。学生の頃は皆勤賞の常連で、ずる休みなんかしたこともなかった。何か悩みごとでもあったのか……私たちもまだ整理ができていないのですが。あの娘は何か言っていませんでしたか?」
英美さんは震える声で「……わからないです」と答えることしかできなかった。彼は肩を落として家の中に入って行った。その姿を見送ることしかできなかった英美さんに、いつの間にか外に出てきていた日比野さんが話しかける。
「花が咲いたらもう手遅れなのよ。どこに逃げたって逃れられるわけじゃない」
その声は心なしか少し寂しそうだった。
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