【第一話】地下茎

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 警察の現場検証に立ち会い、かつて自宅の庭だった場所に向き合った飯田さんは呆然として焼け跡を見つめた。真っ黒に炭化した焼け残りの上に灰が積もっている。庭側の壁にはしっかりと黒い跡がついていた。残暑が続く九月の午前中、彼の家の庭は妻を巻き込んで全焼した。家に燃え移る前に近所の住民が通報し、建物が焼け落ちずに住んだことを不幸中の幸いと呼ぶことは、今の飯田さんにはできなかった。 「お辛いでしょうが……事件の日の奥さんに何か変わった様子はありませんでしたか?」  おずおずと切り出す刑事さんに、飯田さんは顔を両手で覆い首を振った。庭で突然灯油をぶちまけ火をつける妻の姿が何人もに目撃されていたというが、彼には全く心当たりがなかった。 「本当にわからないんです……どうしてこんなことになったのか。困ったことがあるなら、相談してくれればよかったのに……。妻におかしなところなんてありませんでしたよ。毎日楽しそうで、近頃はガーデニングにも凝ってたみたいですし。それが、突然、こんなことになって……もう、何が何やら……」  ぐったりと頭を抱えた飯田さんは、視界の端に妙なものを見つけた。白い灰が堆積した庭の中央に一本の花が生えていたのだ。鮮やかな黄緑色をした茎がまっすぐ伸びており、先端には真っ赤な花をつけている。見事なまでに大きな彼岸花だった。 「あれは、なんでしょうか?」 「ええ、風向きの関係か不思議とあの花だけ燃え残っていたんですよ。庭の真ん中にあったのに。奇跡ですよね」  刑事さんは「もしかしたら奥さんの忘れ形見かもしれませんよ」と励ますように付け加えた。飯田さんは虚な目をしばたかせた。 【第一話】『地下茎』完  
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