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序
蔓が、手首にするっと巻きついた。
「いでっ」
ノバラは顔をしかめる。窓台に飾っている薔薇の植木に、水をやっているときだった。痛みのあまり、思わず手から水差しを離していた。
水差しは、三階の窓から裏庭の芝生まで落下した。ぱしゃん、と水が跳ねる音が下から響いた。
窓から身を乗り出し、芝生の上を凝視する。真夜中ということもあり、幸い通行人は誰もいない。
「よ、よかった……て、よかったの?」
ノバラは改めて、左腕に目をやった。
静脈の青筋が微かに浮き出た箇所に、蔓はしっかりと巻きついていた。しかも、茎幹に血が通っている生物のように、うねうねと動いているのだ。植物が、ひとりでに動くとは知らなかった。
蔓は強烈な力で、ノバラの腕を窓の外へと引っ張った。
「ひ、ちょっと、待ってよ、ここ三階よ。降りられるわけ、ないでしょ! もうちょっと頭使いなさいよ、このバカ蔓!」
声が届いたのか、蔓の力が一瞬弱まった――かと思うと、蔓は一気に五本くらいに枝分かれして増殖した。
「ひえっ」
胸から腰にかけて、ぐるぐると巻きつき、あっという間に身体は縛られた。足もとがふわりと宙に持ち上がった。糸のような細い蔓の力だけで。
「ひぃ―――」
全開にしている窓から、安定感のない浮遊で、少女の身体は裏庭の地面へと運ばれていった。
芝生に足が着くと、腰の蔓がほどけた。しかし左腕の蔓は外れずに、彼女を右手方向に引っ張った。
「うわ」つまずきそうになりながら、ノバラは仕方なく歩く。蔓は寮の門まで一直線に伸びていた。蔓に引っ張られるままに、ノバラは室内着の水色のワンピースとスリッパという恰好悪い姿で、外に出た。
真夜中の田舎道は誰もいない。ただ闇の中で蔓が一本、まっすぐにどこかにつながっているのが見えるばかりだった。
わたし、どこに連れていかれちゃうの?
ノバラは泣きたい気分で夜空を見上げた。満月はノバラを嘲笑するようにぽっかりと浮かんでいた。
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