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  *  *  *  それから、ひと月が経った。  ノバラは、いなくなった王子弟の部屋に、身代わりのように幽閉された。  王子弟の脱出に手を貸したこと、ロサ王子を騙して鍵を盗んだこと、国の重要な秘密を知ってしまったこと――数え上げればきりがない。  ノバラの処分は、王と大臣たちの満場一致で、『口封じ』という形に決定した。すなわち死刑である。  処刑の前日、ノバラは膝を抱えて、部屋の隅にうずくまっていた。病院のような白い壁の、気の遠くなるほど簡素な部屋だ。ベッド、サイドテーブルに乗った水差しとコップ、蓋がしてある簡易トイレと、本棚に詰まった難解そうな植物の学術書。  そして、部屋の壁を覆う茨と、つぼみと、ところどころに咲く赤い薔薇。それで全部だ。ここには、あの子の残したすべてがあった。  ノバラは左手首に目を落とした。  赤い痕がついていた。蔓に縛られていた時のものだ。  あの日の茨の傷跡だけが、深く刻まれるように、身体に残っていた。  彼女は右手で、傷跡になぞるように触れた。  ――どんな場所でもいい、ここ以外なら。  光の差さない、鬱屈した森でもいい。  どこでもいいから外に出たい。  空気のにごった、音のない鈍い世界から、抜け出したい。  こんな場所に十年間以上も閉じ込められていた、あの少年のことばかりが胸に浮かんできて、海底の鉛のように心が沈んだ。  どうしたら、彼のように強くあれるのだろう。  何年も何年も、蔓を扱う能力(ちから)の修行を積んで、あてのない努力を続け、いつか外の世界に出ることだけを夢見て……  ノバラは、筋肉がすっかり凝り固まった背筋を伸ばし、均整の取れない足取りで、ふらりと窓に近寄った。  窓枠に手を乗せ、外を見た。  前方には、かつて登った大木が構えている。西側に首を向けると、視界がぐんと開ける。  城の外が見えた。
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