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 住宅が建ち並ぶなか、夕暮れに照らされている四階建ての赤い屋根の建物が目を引いた。最上階の角部屋。そこは住人の女子生徒が、前触れもなく真夜中に失踪した部屋。  なんの手がかりもないまま一ヶ月が経った、北側に位置する不吉な部屋。  若草色のカーテンが、閉じられた窓の奥に見える。  あの子は、ノバラのことを知っていた。  この部屋から見ていた。  あの子は、何を思って、この空っぽな場所から、自由な世界に生きるわたしを見ていたんだろう。  ノバラは、その場にずるずると座り込んでいった。ちくちくと痛い茨が裸足をくすぐっていた。 「自分だけ、うまいこと逃げちゃってさ」  ノバラは恨めしげに、ぼそぼそとつぶやいた。 「待ってなさいよ。次に会ったら……」  言いかけた独り言が、消えきらずに、胸にせまった。  ――次に会ったら、わたしが、あんたに名前をつける。  それが叶わないと分かっていても、ノバラはずっと考え続けていた。  あの子にふさわしい、誇り高い名前を。  陽が暮れて、またたく間に濃い闇が訪れた。あの日みたいに、月はノバラを嘲笑している。  夜が明けたあとのことは、わざと考えないようにしている。  なにも、なにも見たくない。  ノバラは膝に顔を伏せた。  ばりん――  と、金属が細かく破裂するような音が聴こえた。  ノバラが身の危険を察して腰を浮かせる。  ドアノブが勢いよく破裂した。  思わず目をつぶり、後ろにのけぞって、飛び散る破片をよける。  ノバラが再び目を開くと、鍵は完全に壊され、扉がわずかに開いていた。  ノバラは床に膝を付いたまま、ぽかんと口をあけていた。すると、見憶えのある蔓が、扉の隙間を縫い、部屋に入ってきた。  それはノバラを目指して、うねうねと伸びてきた。どうやら、鍵を壊したぶしつけな暴れ者は、この蔓らしい。  いったいどんな修行を積めば、こんな頑丈なものまで突破できるようになるのか?  ノバラは、呆れとも歓喜ともつかない笑みを浮かべた。  一言、少女は囁く。 「ロージィ」  それが彼の名前。  薔薇のような。という意味だ。  気に入るだろうか。そもそも、わたしなんかが名づけることを、認めてくれるかな。  懐かしいトゲは、得意気にノバラの左手に伸びてくる。  それから――  蔓が、手首にするっと巻きついた。                      (終)
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