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   *  *  *  着いた場所は、城だった。  茨がぽつぽつと突き出た蔦が、灰色の巨大な城の建物全体を覆い尽していた。老朽化が進んで放置された幽霊城に見えた。しかし、ここはまぎれもなく、ノバラが住むブランブルー国の城である。  茨はこの国の象徴だ。  国章のモチーフにも用いられていて、城の中にもたくさんの薔薇が植えられている。ノバラが住む学生寮から徒歩五分圏内にある場所だ。通りかかったことは何度もあるが、一般人に開放されているわけではないので、城内に入ったことは一度もない。いつも眺めるだけの遠い存在だ。  こんな夜遅くに、不穏な空気が立ち込める城の正面にひとりで佇んでいることに身震いしていると、再び左腕が引っ張られた。 「こっのぉー」  ノバラを捕らえた蔓は、城の正面玄関をぐるりと迂回した裏門の方向へと続いていた。導かれるままに、ノバラは正門から遠のき、鳥でないと飛び越えられそうもない高さの城壁伝いに歩いていった。  しばらく進むと、蔓が途切れている場所があった。城壁からノバラを引っ張る一本の蔓が堂々と突き出ているのだ。  ノバラは身をかがめて、ごわごわした石壁を観察した。蔓はこの向こう側に繋がっているようだ。石壁を軽く押すと、わずかな振動とともに、四角形の塊が向こう側に抜け落ちて、抜け穴が現れた。ほとんど子供用といえる小さな扉である。ノバラは小柄なほうなので、身体を無理にねじこめば通れないこともない。 「はぁ……ここに入れと?」  ノバラは蔓に尋ねた。  なんの地位もないただの村人が、城に不法侵入したことが見つかったら、ただではすまない。ノバラがたじろいでいると、それに呼応するかのように蔓が建物の内側に向かって引き寄せられた。  ノバラは身体を縮めて扉をくぐりぬけた。  城内の裏庭を歩いていくと、一本の大きな木にぶつかった。蔓は木の傍を伸びて上へと続いていて、その先端を確認することができなかった。ノバラはそこで足を止め、大木を仰ぎ見るしかなかった。 「……あのう、この木に登れってこと?」  そのとたん、蔓が意思あるようにノバラを上へと引っ張った。この痛みにもすっかり慣れつつある。 「わかった、わかったって。登ればいいんでしょ。浮くよりはマシよ」  うんざりと答えると、ノバラは寝巻き姿のままで手近な枝に手を伸ばし、腕をのせて全体重をかけた。木登りなど久しくしていなかったため、手のひらがちくちく痛んだ。なんとか天辺までたどり着き、丈夫そうな太い枝を慎重に選んでノバラは腰を下ろした。  手を伸ばせば届きそうなほどの距離に、城の窓があった。カーテンで閉ざされた個室の窓が、半開きになっていて、そこから蔓はのびていた。もう蔓は動かなかった。  じっと見つめていると、ふと、窓の向こうに動く人影があった。ノバラは息を飲んだ。影は近づいてきて、半開きの窓から顔をのぞかせた。  幼さを残した丸みのある顔立ちの、小柄な少年だった。窓越しでも分かるほどに強い光が少年の瞳に宿り、ノバラの目を捉えた。 「誰?」
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