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「おまえ、人の話を聞いていたのか? おまえを利用するために危険を冒してまで、ここまでひっぱってきたんだよ!」  王子弟は歯茎をむき出しにした。窓枠から腕を伸ばし、ノバラに向かって吼えてくる。王子弟ってサーカスの虎みたいだと思いながら、ノバラは右手で腰に手をつけて対抗した。 「ちょっと待ちなさい。なんで、か弱い女の子のわたしが、あんたに協力しなきゃならないのっ! だいいち、すでに不法侵入の上に、国家に逆らってあんたを助けたら反逆罪じゃない! 外しなさいよ、この蔓を。今すぐ!」  王子弟は仏頂面で「イヤだね」と突っぱねた。 「こんなクソ国家なんて逆らってしまえ」 「この暴君! オニ、アクマ、なめこ!」ノバラは自分の嫌いなものを並べた。 「わめいてもどうにもならない。おとなしく言うことを聞くんだ、ノバラ」  王子弟は凄みのある碧眼で睨みつけてきた。 「鍵は兄が保管している。むろん両親や守衛も持っているが、最も狙いやすいのはアホ兄だ。言っていることは分かるな? それを盗み出して来い。そして、ぼくをここから出してくれ。そうすれば蔓は外してやる」 「丁重にお断りしますわ、王子さま」  ノバラは上流階級を意識して朗々と述べた。 「なぜだ! 囚われの美少年の王子がいれば条件反射で助け出してあげたいという――そう、婦女子なら誰もが持っている感情を、おまえは持っていないのか?」 「誘拐まがいのことしておいて、その大きな態度はなによ! だいたい、囚われるのは美少女が定番でしょ。誰が男なんか助けるもんですか。助けて欲しいのはわたしだわ」  大真面目にノバラは王子弟と窓越しに見つめ合った。一歩も引かない心積もりでノバラがにらみつけていると、彼がふと目を下に逸らした。 「もし、協力しないのなら、その蔓は外さないぞ」 「外さないで、どうするつもりよ」 「――え」  王子弟は一瞬、拍子抜けしたような素の表情に戻って、ふっと黙り込んだ。もしかして考えていなかったのかも知れない。  ノバラから目を逸らし、王子弟は窓枠をなぞりながら、ぼそりとつぶやいた。 「その場合は、ずっとそこにいてもらう」  意外な言葉を聞き、ノバラは「は?」と思わず聞き返していた。  王子弟はそっぽを向いた。すきまからこぼれる風が前髪をさらさらと揺らし、憂いを誘っていた。
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