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兄
誰にも見つからないように、ロサの部屋に入り込まなくてはならない。でも、もう寝入っているのではないか? 不安と戦いながら、ノバラは扉を小さくノックした。
そのとき後ろから、ふくらはぎのあたりに固いものが触れた。ぎょっとして振り向くと、群青色の迷彩柄の、やけに太い円筒状の物体が、床にとぐろを巻いていた。
ぎょろり、と薄い金色の瞳が見開かれた。
口から赤く細長い舌が、じゅるっと這い出た。
「こ、こんばんは……あなたがロサ王子……はは、はー、っていやああっ!」
ノバラは我慢できずに、壁に背中を張り付けた。
「だめだよ、チルチル! 戻っておいで」
廊下の奥から、あどけない声がした。
一年前より、少しだけ顔のつくりが大人っぽくなった少年――ロサがこちらに駆け寄ってきた。弟と顔は同じなのに、印象は氷河と海藻ほどに違う。金髪を肩ですっきりと揃え、だぼだぼの真っ白い寝巻きを着ていた。彼こそ天使か妖精のようだ。
ロサの呼びかけに、チルチルという名のヘビは、驚くほど素早く動いた。ロサの左腕にぐるぐるとからみついていった。
どうやらロサは、〈ヘビ使い〉らしい。
きいてねえよ、王子弟……。
「こんばんは」ロサはちょこんとお辞儀をした。
「ぼくはロサ。ブランブルー国の王子です。で、この子はチルドレンパイソンのオス、チルチルっていうの。十五歳。ロサより年上なんだよ。かわいいでしょ?」
ロサは、左腕のヘビをこちらに見せ付けるように差し出して、へへーんと胸を張る。
チルチルくん、わたしとタメですか。
「あ、うん。かかか、かわいい、かわいいね~!」とりあえず褒めた。
「おねえさん、だれ? まえから、お城にいたっけ?」
ロサが近寄ってくる。ついでにヘビも寄ってくる。ノバラは、壁づたいに横歩きして、身体を移動させながら口を開く。
「え、ええと、わたし、よ、よ……」
「よ?」
「妖精ナリよ!」
ノバラは叫んだ。なぜか妙な断言口調になってしまった。
「ふぁ? ようせい?」
ロサは眠たげに垂れ下がっていたまぶたを、ぴんと跳ね上げた。彼はノバラの両腕をしっかりと握ってゆさぶってきた。瞳を輝かせている。
「ほんとにほんとに、妖精さん?」
ノバラは「うむ、そうナリよ」と、また同じ語尾で頷いた。
ロサはすっかり笑顔になって、ノバラの服を引っ張ったり、左手の蔓をしげしげと眺めたりした。
「へえー。妖精さんって、手に蔓まきつけて、『なんとかナリ』ってしゃべるんだね! ロサはじめて知った~」
わたしも初めて知った。
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