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弟
* * *
ひまわりの絵の壁紙の、やたらと明るい部屋だった。
少女人形とクマのぬいぐるみが、壁に沿って横一列に並べられていた。
本棚には児童文学や図鑑ばかりが揃っていた。その横には、おもちゃ箱と思しきケースが積まれていた。ピンクのベッドカバーが敷かれた大きなベッド以外は、なんの実用性もない。ロサの部屋は遊戯場と言えた。
そして、部屋の中にも茨があふれていた。壁のところどころで、桃色の薔薇が咲いていた。
ノバラとロサは、茨の上にクッションを置き、腰を下ろして向かい合った。
「妖精さん妖精さん、なにして遊ぶ?」
「それより、お願いがあるナリ」
ノバラは最初から本題に入った。
「きみが預かっている、大事な鍵があるナリね? それを貸してほしいナリ。ええと、君の、弟さんの……」
そこまで言って、まだ名前を知らないことに気づく。
「あの子の名前、なんていうナリか?」
「おとうとの名前?」
ロサはあっさりと答えた。
「ないよ」
「は?」
「お父様もお母様も、『いないはずの息子だから、名前なんて必要ない』って言って、つけてないんだよ」
ロサは軽々と言う。
ノバラは、胸の奥に、冷たいものがストンと落ちた気がした。
「ええとね、鍵は確かここに……」ロサは赤いおもちゃ箱を開けて、中を探った。紐付きの鍵が出てきた。「ほら、これだよ」ロサは鍵の紐を、チルチルの肢体に巻きつけた。
「ロサとゲームして君が勝ったら、貸してあげるね」
ロサは親しげに微笑む。
しかし、ノバラは笑みを返せなかった。
「……なんで、よ」
「え? どうしたの」
「なんでそんな、平気な顔していられるの」
ノバラは思わず立ち上がり、ロサを見下ろしていた。
「あなたの弟なんでしょ? あんなふうに閉じ込められてて、ひとりきりで、名前すらつけてもらえなくて――あんた、なんとも思わないっていうの!」
ロサは黙り込んだ。
戸惑ったように肩を揺らし、瞬きをする。
ノバラは苛立ちを抑え切れなかった。
「王子、もういいわ。とにかく鍵だけ貸して。あとで遊んであげるから!」
少年の大きな瞳が揺れ、まっすぐにノバラを見つめていた。
「……にんげん?」
「え?」
「今、ナリって言わなかった……」
あ。
しまったあああああ!
そんな細かいことでバレるとはぁぁぁぁ!
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