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鍵
ノバラが頭を押さえて苦悩しても、もう遅かった。ロサは失望の目で、すっくと立って、ノバラから距離を取った。
「チルチル、こいつあやしいぞ。捕まえろっ」
ロサはノバラを指差し、号令を下す。
チルチルはロサの腕から離れ、ネズミ花火並みの速さで這ってきた。
「ひゃあっ」
ノバラは慌てて廊下に滑り出た。
チルチルも追ってくるが、その胴体に巻きついていた鍵の紐は、扉のところでひっかかって外れていた。
――鍵!
ノバラは迫ってくるチルチルを跳び越え、鍵を拾い上げた。
「ロサ王子!」
男の声がした。長い廊下の向こうから走ってくる、複数の人影が見えた。
その時、左手首にぐっと圧力がかかった。蔓だ。蔓は飛び跳ねる魚のように、元気にノバラを引っ張り、導いていった。
走りながら、彼女は思わず苦笑した。
張り切りすぎなのよ。ばか。
* * *
鍵を下ろすと、重く軋む音を立てて扉が開いた。窓際で空を見つめていた王子弟はこちらに気づくなり、飛び込むように開示された扉から、ノバラが待つ廊下へ出てきた。
「ノバラ」
「王子」
ふたりは扉の前で、ごく至近距離で見つめ合った。
「よくやった」
次の瞬間、王子弟の肩にノバラのあごが乗っていた。一瞬なにが起こったのかよくわからなかった。柔らかい髪が頬に触れ、くすぐったい。細くて折れそうな王子弟の全身にノバラの身体がそっと触れていた。自分が彼に抱き寄せられていることに、ようやく気づく。
「あああのねえっ!」
ノバラは慌てて叫び、王子弟を引き剥がすと、左腕を彼の鼻の先に突きつけるように示した。
「ごまかさないで。早くこの蔓を外して!」
「あ、ああ……済まない」
ノバラの左手首から、蔓がゆるゆるとほどけていった。王子弟の左手首は、ごく短いブレスレットのような蔓が巻かれただけの状態になった。ノバラの腕は、長く締められていたために、止まっていた血の流れが復活し、手のひら全体が熱く痺れた。こころなしか頭も痛む。
「さあ、逃げるぞ」
王子弟は、そんなノバラのことなど構うことなく率先して走り出した。
「ああ、ちょっと待って」
「早く着いてこい!」
「偉そうに命令しないでよっ」
ノバラは文句を言いながらも、懸命に王子弟の背中を追いかけた。
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