とある家出少年

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とある家出少年

『いいかい、ソラ。真似るんだ。人間を演じていれば、自ずと君は人間になれるさ』 老齢の博士はソラにそう言って、こと切れた。 こと切れたと分かったのは、博士から温もりがなくなったからだ。 動かなくなった人間は、電源が落ちたのでもなく、壊れたのでもない。 死んだというのだとソラに教えたのは、膨大な情報を保有しているデジタルアシスタント、通称マザーだった。    ソラは極めて精巧に作られた人型ロボット。  外観だけではとてもロボットだとは思えない人類史上最高の傑作だった。  博士は生涯をかけて、ロボットが何処まで人間に近づくことが出来るかを研究していたのだ。  ソラには高性能な学習機能が搭載されているが、保存されているデーターは少ない。 博士は敢えてそうした。 人間は経験に基づき学習していくからだ。 ロボットにも人間と同様の過程を踏ませようとした。 「『停止』と『死』の違いは何ですか?」 『質問の意味が分かりません』 ソラの質問にマザーは応えられなかった。 マザーが応えられないということは、次元の違う質問をしたのだとソラは理解した。 ソラは任務が終了すれば自動的に機能停止がプログラムされている。 そして博士は間際に『人間を演じること』を命じたのだ。 ソラに拒否権は無い。 残されたソラは、博士の言葉通りに人間を演じることにした。 人間を演じるには、人間を知らねばならない。 そこでソラは博士が『エデン』と呼んでいた研究所を出ることにしたのだった。 「――と、いうことです。ご理解いただけたでしょうか?」 「お前なぁ、重度の中二病なのかぁ?ご理解なんていただけるかよ」 街で最初にソラに声を掛けたのは警察官の荻原(42)だった。 荻原は、推定年齢十四歳程度に見受けられる少年を補導したに過ぎない。 しかしこの出会いは、ソラにとって大きな意味を持っていたのだ。 「これからはあなたを僕の主とさせていただきます」 「はぁ?犬猫じゃああるまいし、勝手にお前の主人なんかにされてもな」 荻原にソラの話を信じる気配はまるで無かった。 「ですが、あなたが最初に僕に話し掛けた人間です。それに僕の話をここまで聞き遂げてくれた人間もこれまでいませんでした。故にあなたはいい人だ」 ソラが声を掛け続けた他の街行く人は、ソラを気味悪がって逃げていくか、まるで相手にせずに素知らぬ顔をするだけだった。 「いい人だぁ?ははっ。そうかもな。俺は職務に忠実な警察官だからな」 「職務に忠実、それは良いことです。やはり主はあなただ」 博士亡き今、ソラには主が必要だった。 何故ならエネルギー供給が必要だからだ。 エネルギー供給といっても特別な何かを必要とするものではない。 ソラには特殊な永久電池が搭載されており、充電させればいいだけなのだ。 消費量や充電具合にもよるが、満タンであればおよそひと月は持つ。 博士が最後に充電してから残り一週間を切っていた。 だからこそ、ソラは充電してくれる『いい人』を見つけようとしていた。 「名前は?」 「ソラです」 「馬鹿か、それはさっき聞いた。フルネームだ」 「ソラで全部です」 「お前の親は?」 「親とは創造主のことですか?」 「創造主だぁ?ははっ、そいつは随分と御大層だな。まぁ、間違いじゃあないがな」 「博士です」 「はい、はい、言う気がないっと……で、住所は?」 「研究施設(エデン)の場所は、悪用の恐れがあるとしてトップシークレットです」 「同じく不明っと。お前、もしかして小学生じゃあないよな?どこの中学だ?」 「僕は学生ではありません」 「不登校なのか?ったく、親は何も言わないのかよ?」 「はい、何も言わなくなりました。博士は死んだのですから」 「……」 ここで初めて、荻原は険のある顔つきになった。 「お前、そういうことは冗談でも言うな。行き場がないなら、行き場がないと言えばそれで済む話だ。お前はどう見ても未成年、だったらこっちは行き場を与えるのが仕事だ。だから、そんなつまらんことは金輪際言うな」 「……」 言うなと言われて、ソラは口を閉じた。 「その博士のところに帰る気は無いのか?」 「拒否します。僕もあなたと同じで職務に忠実ですから」 『人間を演じる』――博士がソラに与えた任務だ。 ソラにとって任務遂行は必須――博士は限りなく人間に近い人型ロボットを作ろうとしていた。 「僕の任務には人一人の生涯が捧げられているのです」 その意志を受け継ごうとするのは、そうプログラムされているからなのか、それとも意志によるものなのか、ソラ自身にもそれは分からなかった。
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