とある家出少年

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 職務歴二十年を迎える荻原といえども、こんな事態は想定していなかった。 「なんでお前が我が家に居候することになっている?」 家出少年とされているソラは、当面荻原の保護観察下に置かれることで落ち着いていた。 「僕に行き場を与えると言ったのはあなたです。何か問題でも?」 「ぐっ……」 「無いよぉ。いいの、いいの、遠慮せずに好きなだけいたらいいよ」 荻原の袖を嗜めるように引いたのは、荻原の妻――弥生(やよい)だった。 夫を部屋から連れ出し、声を潜める。 『難しい子なんでしょう?少し落ち着けば、本当のところを話してくれるかもしれないわ。少しくらい甘えさせてあげようよ』 喜怒哀楽のないソラに人間らしい表情は無い。 そのことが弥生には哀しく映るようだった。 表情は乏しくとも、ソラは何を考えているのわからないと言った不気味さは無く、どういうわけか庇護欲を掻き立てられるのだ。 そして、それは荻原も同じ。 ソラがゴリ押したというのもあるが、そうであるからこそ荻原はソラを家に招き入れたのだ。 まぁ、荻原は事実として『いい人』だったわけだ。 「まぁ、なぁ。けど、太一のやつが何て言うか。あいつは今年受験だし……」 太一(15)は荻原家の長男だ。 今は塾に行っているが、反抗期と相まって受験のストレスから、近頃は親と会話することがほとんどない。 自分も来た道とはいえ、荻原はそんな長男のあつかいに手を焼いていた。 「でも、ソラ君がチビらの遊び相手をしてくれるから、家が静かになっていいじゃない?」 襖越しに妻が覗けば、次男の宗太(11)と、三男の圭太(9)が物珍し気にソラに絡んでいた。 「なぁ、兄ちゃん。俺らと一緒に川海老獲りに行かねぇ?」 「川海老ですか?」 「そ。まさか見たことないの?」 「はい」 「キシシ、マジで?」 「もしかして、本当は良いところの坊ちゃん?」 「坊ちゃんは、あなた方の方では?お二人は荻原家の坊ちゃんです」 「へぇ、言うじゃん」 「そう言うんは、川海老獲ってから言いなよ」 荻原家の坊ちゃん、もとい、兄弟は、ソラを引っ張り立たせた。 「おい、もう夕暮れになる。足場に気ぃ付けろよ」 「「ガッテン、ガッテン」」 父である荻原の声に振り返りもせず、兄弟はふざけた返事で逃げるように駆けて行く。 「ガッテン?」 ソラは荻原に向かって訊ねた。 「承知の助だよ。知らないか?」 「はい」 ソラにとって、彼らの言葉遣いは新鮮だった。 年齢によっても、あるいは人によっても、言葉遣いが変わるものだと知る。 「万事OKってことよ。だからこそ危なっかしいの」 弥生が肩を竦めてみせる。 「俺はこれから夜勤だからさ、ソラ、あいつらのことを頼むな」 「頼む――具体的な言葉を掲示してください」 弥生と荻原は互いに顔を見合わせた。 「お前なぁ……ロボマネは常備なのな」 ロボマネ――つまり、まだ任務は未達成。 ソラはそう判断した。 「あの子たちに危険がないように、見守ってあげてね」 弥生がソラに言い添えた。 「了解です」 ソラに新しい任務がインプットされる。 任務遂行はインプットされた順で優先されていく。 そして同時進行できる任務と判断したソラは、兄弟の後を追いかけたのだった。 ──*──*──*──*──  荻原兄弟とソラがいるのは、海と川を繋いだ河口付近。 頭上には車が走る大橋が架かっている。 「ほら、いたよ」 河川敷の岩と岩の隙間に顔を覗かせ、得意げな笑みを浮かべるのは弟の圭太。 ソラは圭太の指さす方を覗き込んだ。 「スジ海老ですね」 透明に黒い筋を引いた小さな海老が、身を寄せ合うように岩の陰に生息していた。 「小さくて可愛いでしょ」 小さいものは可愛い。 ソラの中で経験則が生まれる。 自分よりも小さい圭太を見つめ、ソラはそう認識した。 「そんなのいいから、貸せよ、早く網っ!」 何かお宝でも見つけたかのように、目を輝かせて圭太に命じるのは宗太だ。 慌て急いだせいで、圭太は岩場のぬめりに足を取られてしまった。 「圭太っ!!!」
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