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生まれ育ったこの町には空港がある。
国内線しか乗り入れないいわゆる地方空港で、ジャンボジェット機はいない。
大きくも小さくもない町はずっとこの空港と共に歩んできた。嘗ては騒音問題もあったらしいけど、いや、確かに今も煩いんだけど、俺はこの音が嫌いじゃない。
暗くなりつつある空に『ゴォォォォ』と『キィィィィン』の合わさった音が広がってゆく。近づいて来る。音と共に北へと着陸態勢に入った機体がハッキリして─────
「ボンバルディア700!」
「⋯⋯⋯⋯」
「あの細身のフォルムいいよなー! 時間的にアレかな。松山から飛んで来たやつかなー!」
するりと横に並んだ同じ高校の制服⋯⋯にはとても見えない崩れた着こなし。ジェット音に負けじと張り上げる声。
勇魚はアスファルトを滑る機体に向かって大きく手を振る。誰も見ないと解っていても振らずにはいられないらしい。
「またスピード違反しただろ。髪がしっちゃかめっちゃか」
「しっちゃかめっちゃかな髪ってナニー」
あちこちハネた髪を両手で撫でつけると、勇魚は肩を竦めて笑った。毎度ながら小さい子どもみたいだ。
「デコ丸出しで向かい風ばっか浴びてたらハゲるぞ」
「だいじょぶ! 俺ら若いし!」
何気に『俺ら』と一括りにされたが俺はおまえのようにスリリング且つエキサイティングな運転はしない。きちんと道路の左端で交通ルールを守って漕いでるからな。電動ママチャリで。
「つーかさ! 一誠が俺のこと置いて帰っちゃうから焦ったんだし!」
「授業中にDSやって反省文書かされるヤツが悪い」
「俺ら親友なのにー! ⋯⋯あ! 今度は離陸!」
滑走路にはやはり南方向から北へ向かう機体が見えている。徐々にスピードが上がり近づいてくる。大きくなる。
「A350」
「エアバスか。太っちょ」
「ぅお───」
俺たちの真上より少し逸れて浮いた鉄の塊はやはり轟音を響かせあっという間に小さくなった。あと数秒もすれば上空で旋回し、目的地へ向かって雲の中だ。
「やっぱJS航空のマーク好きだわー」
「ニケの翼だっけ」
「そうそう、サモトラテケテケ」
「サ モ ト ラ ケ の ニ ケ。テケテケって何だテケテケって」
「何でもいーの! あ〜〜あの紺色の太っちょな機体、マジで “空のくじら” だー」
飛行機の『おなか』が見えるこの場所は、勇魚にとっても特別なんだろう。
勇魚のお父さんはパイロット。
空飛ぶ鯨のような飛行機に擬え、息子は勇魚(=鯨の古名)と名付けられたらしいから。
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