act.3

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   母を連れて市民病院を訪れ、クリニックに戻った頃には夕方だった。  パートさん達には普段の時間通りで引き上げて貰ったけど、アナログな貼り紙もデジタルなお知らせも完璧だ。 『院長が体調不良のため本日は臨時休診いたします  月曜日以降は当面のあいだ代理医師による診療となりますので  あしからずご理解くださいますようよろしくお願いいたします』  月曜日、火曜日予約分のカルテもわかり易くボックスにセットしてある。 『父の復帰まで待つ』患者さんも『俺でいい』患者さんも居るワケだが、俺でも構わない人の殆どは品定めにやって来るのではなかろうか。 『派遣さんより兄ちゃんが全部診た方がいいと思うけどなー今後の為にも』 『とーさんもそう思うなー今後の為にも』 『お母さんもそう思うわ〜今後の為にも』  貯まりまくった有休をこの機会に消化しろとゆずりはの院長も理事長も仰ってくれたし全然いいけれど、二週間後に一旦帰ってオペ、翌日の経過フォロー、これだけは譲れん。派遣で応援を入れるのがダメなら予約で調整して休診にするほかない。 「レセコン、チェア三台ともM社かー」  歯科用チェアユニットはメーカーは違っても大体似たような仕様なのでまあ大丈夫だ。たまーに歯科医師会の休日診療も輪番で回ってくるけれど一先ずあんな感じの対応になるんだろう。吉本さん達も居て下さるし問題ない。大事なのはSOAP(業務記録)だ。その予習だ。 S(subjective):主観的情報 O(objective): 客観的情報 A(assessment): 評価 P(plan): 計画(治療)  父の顔を潰さないよう、そして復帰後に困らないよう、きちんと情報共有。医療現場のイロハのイを実直に遂行するのみ。  電源を入れたチェアに背中を預けると疲れがどっと噴き出す気がした。グイ〜ンとリクライニングしたらマックスまで上昇した。いや、どんな設定よコレ。  ─────⋯⋯目を瞑ると嫌でも昼間の光景が浮かぶ。走馬灯か。  最後に勇魚と過ごしたのは十七才  今の俺たちは三十三⋯⋯いや、勇魚は魚座の早生まれだからまだ三十二だ。魚座と牡牛座の俺は相性抜群♡なんて、それだけでテンションが上がったあの日に帰りたい。  青春の後ろ姿を人はみな忘れてしまうのかも知れないけれど、俺には当て嵌まらなかった。忘れられなかった。でもだからって前触れもなく、後ろ姿どころかいきなり正面から現れるなんてどうなんだよ。  青春のばかやろう。
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