act.3

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   滅菌バッグをバリバリ開けながらチェアへ戻ると、勇魚は両手で口を塞ぎブルブル首を振る。子どもか。絵に描いたような及び腰だが逃がさんぞ。 「注射嫌いだもんなー。インフルの予防接種も毎年全力で拒否ってたもんなー。でも、ちゃんと痛くないようにするから」  小さな患者にするように両手を取って包み込む。指先でトン、トン、とゆっくりめのリズムを刻んであげると恐怖が多少は和らぐ。隼斗が俺にしてくれた手当てと同じだ。出てこい出てこいオキシトシン。  それにしても男くさい手だわ。  節くれだった指、採血しやすそうな太い血管と骨が浮いた手の甲。これまで周りには居なかったタイプの手。この手に比べると自分の手が真っ白に見えてくる。 「痛くない注射なんかないだろ⋯⋯」 「解説しよう。まずこのシールタイプの表面麻酔を貼る。これは貼るだけだから痛みはない。多少の違和感はあるかも知れんが我慢しろ。そんでそれが効いてきた所で痛みの少ない柔らかい針でちょっとずつ麻酔を入れる。これには違和感ありまくりの人が殆どだけどボワーンとするだけ。すぐに効いて痛覚はほぼ確実に遮断される。大丈夫だ」 「⋯⋯ほんとに?」 「先生、お注射上手だから安心して。怖いことしないから」  包んだ手を解くと勇魚は恨みがましい目で睨んでくるけれど、そんな所も本当に小さな患者さんみたいだな。サイズはサモエドだけどな。 「もっかいお口開けてみよっか」 「手⋯⋯握っててよ」 「治療できんわ。このポケモンでも抱き締めてろ」  チェアの足元にあるバスケットからぬいぐるみを出して押し付けると勇魚は目を輝かせた。今でもポケモンが好きなのか。俺ら世代にはこれもまた永遠だからな。 「ミミッキュぅぅぅ♡かわいいぃぃ♡」 「音楽かける? モーツァルトとかあるぞー」 「無理矢理心を落ち着かせようとしている姿勢が落ち着かない。却って怖い」 「じゃあ特別に好きな曲をアップルミュージックで検索してやる」 「⋯⋯ミスチル⋯⋯ダーリンダーリン⋯⋯」 「“しるし” だバカモノ」
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