act.3

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   昔はよくカラオケに行ったよな。放課後、空港の帰りや土日にも。  俺は歌うのが得意じゃなかったけど、勇魚の歌を聞くのは好きだった。一曲目はいつも『weeeek』だった。ヤマピーがそれはそれはキラキラしていた時代だ。  GReeeeNやEXILE、ゆずの曲を元気いっぱいに歌っていた勇魚。時々タンバリンを振り回してウルサイしウザかったけど、楽しそうな勇魚を見ているだけで幸せな気分になれたんだ。  あの頃はもっと高くて細い声だったのにこんな野太い声になりやがって。  とか考えていたらピンセットで揺らした患部がポロッと取れた。  おいおいマジか。まだお注射もしてないぞ。割れた⋯⋯ワケでもなさそうだな。歯根がちゃんとくっついて来た。出血⋯⋯もほとんどない。マジでマジで死んだ歯か。骸か。  あ〜〜でも結構な炎症起こしてるわ。異物が突き刺さってる状態だった訳だし当然だけどな。⋯⋯つーか何をどうやったら一本だけこんなボロボロになるんだよ。 「おしまい」 「え! もう!? 痛くも何ともなかったけど!」  トレーに載せた右上大臼歯の骸を観察すると治療痕がある。金属製詰め物(メタルインレー)の錆が沈着して⋯⋯典型的な二次虫歯(カリエス)だな。にしても酷いが。 「治療したのだいぶ前だろ。なんかで詰め物が取れたとか割れたとかしたあと放置してたんじゃないか」 「なんでわかんの!?」 「わかるわ。どんぐらいほったらかしてた」 「⋯⋯七、八年⋯⋯とか⋯⋯? もっとかも⋯⋯?」 「そんな長いこと⋯⋯!」 「テヘ☆」  定期検診や審美的治療が浸透したとは言っても個人差はある。『歯医者は痛くなってから行く派』はまだまだ居るって事だ。勉強になりますわ。  ダーリンダーリンは二周目に入ったがもうリラックスさせる必要ないな。停止。 「一誠、ミスチル好きだったよなー」 「そんな意識ない」 「嘘つけ。カラオケ行ったらミスチルの静かなやつ歌ってただろ」 「それはが騒いでばっかだから耳を休憩させたかったんだ」
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