act.4

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   空港の程近くにイオンモールが出来たのは小学生の頃。以降、映画鑑賞は決まってここだった。あと中高生の初デートコースな。  放課後だって同じ制服姿の生徒とはどこに行っても遭遇した。それこそフードコートでもゲーセンでもヴィレッジヴァンガードでも。同じクラスの奴なんかすぐ勇魚に寄って来るから、どうすればイオンを回避して遊べるのか作戦を巡らせたほどだ。俺はいつだって勇魚を独占していたかった。 「煙草吸いてー⋯⋯」  父の愛車は禁煙だとゆーのに日曜の幹線道路は混む。カップルもファミリーもどいつもこいつもイオンイオンと⋯⋯俺が言うなだが。  あ、離陸!  空港のすぐ北側を垂直に走る国道を、まるで掠めるようにして機体が横切る。やっぱり大きい⋯⋯遥か上空に浮かぶ豆粒以下の飛行機とは迫力が違う。窓を閉め切った車内にまでゴォッとエンジン音が届く。  JS航空、紺色のエアバス⋯⋯空のくじらだ。  時々帰省してもウロチョロしたりはしなかった。実家に寄って墓参りして、何なら一泊もせずに帰る事もあった。この景色を見るたびに胸が痛くて悲しくなって帰省を後悔して。無意識のうちにルートを外す癖がついた。  父の入院は概ね三週間。退院後暫くは無理させられないからサポートして⋯⋯おそらく丸一か月はこっちで過ごす事になる。  どうしよう。  今、ずっと抱えて来た悲しみより胸を占める問題が浮上してしまった。淡い想いは霧散し、リアルな熱と肉感的、いや(ホネ)感的な質量が頭の中でぐるぐるする。  陽に灼けた肌  節くれだった大きな手  厚い胸  長いリーチ  匂い⋯⋯⋯⋯勇魚の匂い  ─────知らなかった。  あんなに大好きだったのに、忘れられなかったのに、思い出の中の勇魚は俺にとって抱きたい存在でも抱かれたい存在でもなかったんだと⋯⋯知らなかった。いや寧ろそれは知っちゃいけない、考えちゃいけない “タブー” だったんだ。  純粋で儚くて綺麗な初恋、俺の青春、大切に大切に仕舞ってあった俺の『永遠』が汚れてしまいそうで怖い。汚してしまいそうで怖い。  ここから先は自制が必要だ。肝だ。しっかりするんだぞ俺。
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