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勇魚はお気に入りだと言う駅前通りの小料理ダイニングに案内してくれた。オーナーシェフが二人居てお一人が元パティシエだそうで、シメに食べるデザートがめちゃくちゃ美味いらしい。
「飲むなよ、まだ服薬中なんだから」
「え〜〜〜」
「治す気がない患者は放逐するぞ」
「ちょっぴりならいい?」
「ちょっぴりもダメ。俺も我慢してやるから」
「ちぇ〜〜〜」
カウンター席に隣同士、烏龍茶とジンジャーエールで乾杯して。テーブル席で向かい合わせじゃなくて良かったとホッとしつつ、やって来る勇魚お勧めの料理を口に運んだ。
流石パティシエとでも言うべきか、どれも盛り付けが綺麗でたぶん美味しいんだろうけど、母の手料理同様あまり味がしない。やはりストレスとか緊張とかで味覚が鈍くなっているんだろうか。非常に申し訳ない。
「トーチャン、その後どう?」
「術後落ち着いてる感じかな。普段からテニスだゴルフだ元気な人だし治りも早そうって」
「良かった! 一誠はしばらく居るんだよな? 普段どこ住み? 遠い?」
「S市。大学がそっちだったからそのまま就職した」
勇魚は? って聞けない俺は臆病だと思う。あの後どこに引っ越したのかとか高校はちゃんと卒業出来たのかとか⋯⋯お母さんの事とか。気になる事は山のようにあるのに、自分自身、踏み込まれるのが苦手なんだから他人の事情に踏み込むような事もしたくない。これはもう癖なんだと思う。
「こないだ⋯⋯無理に誘ってごめんなさい」
「はい?」
「トーチャンが大変な時にお構いなしで⋯⋯俺、一誠に会えたのが死ぬほど嬉しくて一人で盛り上がっちゃって⋯⋯」
胸がぎゅうっとなる。もしも俺にとっての勇魚がただの友人だったら、きっと同じテンションで盛り上がれたんだろう。再会を素直に喜べたんだろう。疾しい気持ちがあるから今も苦しいんだ。
口に出せない想いがこうしている間にも─────どんどん膨らみ続けて怖い。
「⋯⋯⋯⋯俺も嬉しいから気にすんな」
「ホントに!? 一誠も嬉しい!?」
「ホントだから食え。アホほど頼みやがって」
「うん!」
横並びの席には見えない壁がある。表情も本音もちゃんと隠せる。言葉だけなら嘘がつける。大人としての卒ない遣り取り、態度をキープして。勇魚の左手に触れてしまいそうな右手を持て余している事を悟られないように、
「一誠の手、ホント綺麗よなー」
するりと手首を掴まれ心臓が飛び出るかと思った。そして脊髄反射的に振り払ってしまった。
「く⋯⋯食ってる時になんだ行儀悪いっ⋯⋯」
「あ、ごめん、なんか見惚れてつい」
「男の手に見惚れるとかあるか。それよりおまえ昨日の彼女達はなんだ。みーなちゃんとしーなちゃん、二股してんのか」
「二股じゃなくてただのパパ活」
「っっ!!」
ジンジャーエールに咽せた。
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