act.5

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   隼斗の気持ちがわかる。これは人の顔として不安になる色だ。  勇魚は動揺している。血の気が引くほど動揺している。そして俺はそんな勇魚を見て頭が、心が冷えてしまう。 「そこまで引かれると傷つく」 「⋯⋯⋯⋯」 「兎に角ゲイの俺相手にベタベタ触ったり、運命とか赤い糸とか軽々しく言うのは勘弁して⋯⋯ぇ」  真っ白だった勇魚の顔が今度は赤くなって行く。褐色の肌が赤黒く染まってなんか⋯⋯なんか怖いぞ。ヤバいんじゃないのかこれは。 「具合悪い? もしかして吐きそう? トイレ行く?」 「⋯⋯顔洗ってくる⋯⋯」  まるで避けるように、そそくさと立ち上がり店の奥へと消えた背中が残像みたいに視界に張り付いて⋯⋯もう、溜息しか出ない。  自分から壊すつもりでカムしたくせに⋯⋯あんなふうに嫌悪感丸出しにされるのは正直キツい。でもそのくらいが丁度いいんだ。無遠慮に距離を詰められるより疎遠にされた方がましな相手なんだ勇魚は。 「すみません、お水ひとつ置いといて頂けますか。会計もお願いします」  あいつが戻る前に逃げよう。さっさと逃げよう。もう終わりだジエンドだ。ずっと抱えてきた不毛な想いから今度こそ逃げ切れる。さようなら俺の永遠、アデューアデュー。  ─────ドアを開け表に出たら小雨が降っていた。  なんと言うツキのなさ。傘なんて持っている筈もなく、小走りに駅前通りを抜ける。人や車の往来、喧騒に混じって空から飛行機のエンジン音が降ってくる。あの色のない雲の上は星空で、目的地に向かう機体が旋回しているんだろう。この町ではどこに居たって⋯⋯どこまでもどこまでも飛行機が追って来る。 「⋯⋯⋯⋯」  こんなタイミングで後ろポケットのスマホがム゙〜ム゙〜と震えている。そう言えば勇魚とは番号もメッセージIDも交換しなかった。そんな暇もないくらいあいつが捲し立てて来るから忘れていた。でも今となってはそれもラッキーだったわ。  ─────隼斗か⋯⋯深呼吸して努めて明るく振る舞わなければ。 「もしもーし。隼たんから電話くれるなんて珍しいねー」 [夏哉が連絡しろって煩くて。どうでした初日] 「初心に帰って問題なくやってますよー」 [なんかあったら言ってください。まぁ土曜くらいしか手伝えないけど⋯⋯夏哉と運転交代しながら行けるんで] [遠慮なく!]  隼斗の声に被せて夏哉くんもガヤガヤ参加して。スピーカーかよ。マジで仲いいなあ。微笑ましいなあチクショウ。 「隼斗」 [はい?] 「んー⋯⋯また三人でメシ行こうねー電話ありがとねー」  ⋯⋯⋯⋯うわー危ねー危ねー、マジなトーンで抱いてって言いそうになったわ。優しさを履き違えそうになったわ。こっちに居る間、俺にもレンタル彼氏とか必需品になるんじゃないのかこれ。  俺だって⋯⋯勇魚に負けず劣らずの寂しがり屋さんなんだ。
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