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プロローグ
時は遡り、江戸。
今よりもっと身分に厳しい時代。身分差がある者同士の結婚などもってのほか、という時代だ。
そんな時代に愛し合った男女がいた。
男の名を次郎、貧しい庶民の生まれだった。女の名をつる、かなり裕福な商人の一人娘だった。
本来ならば死ぬまで出逢うことがないであろう次郎とつる。そんな二人の出逢いはある日突然訪れた。
つるは小さい頃から家の手伝いをしていることが多く、おつかいに出かけることもしばしば。その時は小さいながらにも両手に何キロもの荷物を抱えて帰らなければいけなかった。
そんなある日、荷物を抱えてふらふらしながら帰っているつるが声を掛けられる。
「なぁ。」
「…はい?」
「荷物、持ってやるよ。…重いだろ?」
振り返るとそこには同い年くらいの男の子が立っていた。しかし自分より細いのではないかという腕に、みすぼらしい格好のその子にはこの重い荷物は持たせられないと思い、言葉を発そうとした時にはひょいと荷物を取られていた。
「ちょっと…それ重いから私が持ちます。」
そう言って自分の手に戻そうとするつるだったが、力が及ばずぷくーっと頬を膨らませた。
そんなつるの顔を見て、プッと吹き出す少年。ん、と袋の片方の持ち手をつるに渡す。
「…じゃあ半分こ。そっちの荷物も半分こしようぜ。」
ニコッと笑った少年を見てつるは、胸の高鳴りを覚えた。そして、自分は一生使わないであろう『半分こ』という言葉の響きが妙に気に入った。
「わかり、ました…。」
照れ隠しをするような小さな声でつるは言葉を返し、残りの荷物も少年に渡した。…勿論、半分こ。
「お前、名前何て言うの?」
「あなたが先に名乗ってください。」
「俺はその辺に何十、何百といる名前だぜ?…俺は次郎。」
「次郎…、私はつるです。」
「つるか…!いい名前だな!」
「…私だってどこにでもいる名前ですよ……。」
「そうか?でも、とにかくお前に似合ってる!つるって呼んでもいい?」
「…いいですけど、次郎さんっ…」
「さんとか付けなくていいから!次郎って呼んで?あと、つるはいいとこの子だろ?俺なんかにそんな言葉遣いしなくていいし。」
そう言ってまたニコリと笑った。
身分だって自分より低い。体も、服も、髪も…いつ洗ったのかわからない。それでも、つるにとって次郎は輝いて見えた。こんなこと言ってしまえば、金持ちが何言ってるんだって思うかもしれないが…自由な次郎が羨ましくも思った。そして何より、かっこよかった。
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