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「…大体いいけど、ここもう少し変えたら綺麗な訳になるぞ。」
別にこの訳でも支障はないし、十分に伝わる。ただ、癪に障ったという理由だけで難癖をつけた。…まぁ、間違ったことは言っていない。
「わかりました、ありがとうございます。」
…それでも、まるで俺と話せたことが嬉しいかのように爽やかな笑みを見せた楠木に、多少の罪悪感を抱きながらもその場を立ち去り、見回りを続けた。
「それじゃあ、次回までに9ページの現代語訳やってこいよ。日直挨拶ー。」
その後は難なく授業を終えることができ、やっと居心地の悪いクラスからの解放だ。…何か、どっと疲れた。
とりあえず、今の授業で午前は終了。やっと一息つける。…少し時間ずらして購買の余り物でも食べるか。そう思った矢先、この高校に来てすでに一番聞き慣れた声に呼び止められる。
「鶴岡先生!」
「…どうした?楠木」
昨日までは一応、授業も始まっていなかったし『君』を付けていたが、授業が始まってからは生徒のことを苗字の呼び捨てで呼ぼうと思っていた。
勿論、馴れ馴れしさを感じる生徒もいるだろうが、距離感をあまり感じさせたくないなと思ったからこその苗字呼び捨てだった。…まぁ、嫌だと言う生徒がいれば変えるけども。
「先生の授業、わかりやすかったです!…でも、あの訳最初の俺のでも問題なかったですよね?」
悪い笑みを見せる楠木。…やっぱり気付いていたか。さすが、頭の良い高校に通っているだけはある。
「…別にあの訳を否定したわけじゃない。変えたらもっと綺麗になるって言っただけだからな。実際、綺麗な訳になってたじゃないか。」
あの後、手本の訳として楠木の回答は教室内で共有した。その時の生徒たちの反応はとても良く、顔良し、頭良しの楠木はどうやら尊敬と憧れの目で見られていることがあの授業内だけでわかったくらいだ。
「…まぁ、そうですね。先生に構ってもらえただけで嬉しいし…。」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何でもないです。あ、そういえばこの後も仕事ですか?もうお昼時間ではありますけど。」
何でそんな事を聞くのか…、怪訝そうな俺の顔を察してか、楠木がフッと笑う。
「…そんな顔しないでくださいよ。…いや、ただお昼一緒に食べたいなって思っただけです。」
「…先生と生徒は一緒に食べないだろ。俺は職員室で食べるし、楠木は友達と食べなさい。」
「えー…、先生と食べたかったのに。まぁ、今日のところはいいです。まだ始まったばかりだし。」
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