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その頃、次郎の耳にも『つるが結婚する』という噂が届いた。
そんな素振りを見せていなかったつる。何なら、自分との将来のことをあんなに楽しそうに話すつるが、結婚相手のことを黙っているはずがない。そう、信じた次郎は、つるの家へと向かうことを決意した。
「最近、おつるちゃん見ないねぇ…。前ならお店の手伝いで買い出しに来てくれとったのに。」
「あ…そのことなんだけど、私耳にしてな?今、おつるちゃん納屋に閉じ込められてるって噂よ。」
「え!?それまた何で?」
「いやぁ…噂によると、結婚することに猛反対したらしくて…お母様が入れたらしいのよ。」
「あらぁ…でもあそこ一人娘さんだものね?仕方がないのかもしれないわね…。」
「そうねぇ…。」
「通りでつるの顔が全然見れないわけだ…。」
そんな話を聞き、つるが話してくれた両親のことを思い出す次郎。いつも怒られてばかりで、褒められたことなんてない。家に帰りたくない。つるは次郎といる時には基本的に楽しそうに笑ってくれていたが、自分の家のことを話す時はいつも顔が暗かった。
…きっと、今聞いた話も単なる噂ではないのだろう。
「つる、今すぐ迎えに行くから待っててな…!」
そう次郎は決心し、自分が持っている服の中で一番綺麗で見た目が良い物を選び、身なりも整えてからつるの家へと向かった。
相変わらず大きな家に少したじろぐが、思い切って足を踏み入れた。
「急なお訪ね、申し訳ない。」
そう言うと迎えに出てきたのはつるの母親。俺とは比べ物にならないさらに綺麗な着物を着ていた。
「…どちら様?」
ジロジロと次郎の身なりを見る母親は、明らかに軽蔑の眼差しを向けてくる。…つるは、そんな目では見てこなかった。でも、自分に向けられる目はこんなものがほとんどだった。…やはりつるは特別だった。
「つるの、婚約者です。次郎と申します。」
そう言った途端、母親の目がつり上がった。怒りで、人の顔はこんなにも赤くなるものなのかと思うほどだった。
「帰ってちょうだい。娘の婚約者はもうすでにいるの。あんたみたいな下人じゃない。」
「いえ。俺はつると約束したんです。この家を継ぐから、勉強だってしている。体だって鍛えている。俺はつると出逢って、彼女を幸せにするために生まれてきたと思っています。」
「あんたに娘はやらない。…そんな汚い格好で、うちの跡継ぎ?笑わせないでちょうだい!」
例え酷い言い方をされても引き下がろうとは思わなかった。この母親が言うことだって勿論わかっている。自分は庶民で、貧しい。片や商人の娘で、裕福。釣り合わないことなんて、出逢った頃からわかっている。そんなの承知の上で、次郎は今までつると過ごしてきた。
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