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そう言われて、俺は黙るしかなった。
「母ちゃん、お腹空いた…」
「あたしもー!今日のご飯、なぁに?」
「うん、ちょっと待っててね。」
いつもお腹を空かせている弟妹、終日働いている兄と父、そして面倒を見てくれる母…。
気付けば、自然と涙が零れていた。
自分の幸せは、優先できないのだと。
「わかった…。明日、行ってくるよ。」
そう言うと、母に抱きしめられた。続けて父も抱きしめてきた。
「ごめんね…何も叶えてあげられなくて。」
「すまん、すまんな次郎…。」
「…俺こそ我儘言ってごめん。」
「なに、次郎お兄ちゃんだけ!ずるい!」
「僕たちも混ぜてよー!」
そう言いながら、弟妹たちもギュッと小さい体で抱きしめてくる。その温もりに、俺はまた涙を零した。
…次の日。
つるの家を訪れた次郎は、母親から歓迎された。
つるは納屋から出してもらえたようだったが、いつも外を眺めてばかりだったそうだ。
今日もそうだったようで、次郎が呼び掛けるまでは頬杖をついて外を眺めていた。
「つる。」
そう呼び掛けると、つるはすぐにこちらを振り返った。嬉しそうな瞳で次郎を見つめる。
「次郎…!」
そう言って、次郎のもとへ駆けて来て抱きついた。
久しぶりに見たつるは痩せていて、心配になるくらいだった。
それでも、つるの温かさにほっとする。生きて、今自分の目の前にいる…。それだけで、泣きそうになった。
「つる…。」
「やっとだね…私、ずっと待ってたんだよ…?次郎が迎えに来てくれるの…。でも待ってて良かった…。やっぱり次郎は来てくれるって信じてた…。」
腕の中で震えるつるに、胸が痛む。今すぐに抱きしめて、口づけをしたかった。永遠の愛を、誓いたかった。
腕にしがみつくつるを、そっと離す。
「…次郎?」
「…好きな人ができたんだ。」
「え…?」
「つるが、町に来ない間に、他に好きな人ができた。」
なるべく声が震えないように、涙が零れないようにゆっくりと話した。
「う、嘘…、そんなはずない…!次郎は…、次郎はそんな事言わない…!だって、約束してくれたじゃん…大人になったら一緒になろうって…言ってくれた…!」
「…嘘じゃない、つるより好きな人ができたんだ。だからごめん、俺はつるを幸せにはできない。」
ポロポロとつるの頬を伝う涙を拭う資格さえ、今の次郎には無かった。ただ、自分の腕に縋るつるの手を払うことしかできなかった。
「次郎…嘘だって言ってよ……私、結婚しゃうよ…?このままだと。」
「…その人に幸せにしてもらってくれ。」
「私、その人の顔も見たことないんだよ!?そんな人と一緒になっていいの!?」
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