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好きなところ
入学当初のことに思いを馳せていると、目の前でヒラヒラと手を振られてハッと我に返る。
「どうした? ぼぅっとしているぞ」
先生が心配そうにわたしの顔を窺っていてドキッとしてしまう。
赤く染まっているだろう頬を見られたくなくて机を見る。
「えっと、その……昨日は遅くまでバイトがあって寝不足で、」
全くの嘘ではないがそんな誤魔化しを口にした。
「そうか、それはご苦労だったな。だがバイトもいいがそれで学業が疎かになってしまっては学生として本末転倒──」
お小言が不意に止まり、不思議に思って顔を上げると先生は口元を覆って何やら考え込んでいた。
一体何事だろうかと首を傾げると、先生は申し訳なさそうに再び言葉を続ける。
「今のはよくない言い方だったな。俺が悪かった、すまない」
急に頭を下げて謝罪を始める先生にわたしは困惑して言葉が出ず、何故謝られているのかも全く理解出来ない。
「竹原がバイトに勤しむ理由も知らないで、まるでバイトが悪だと決めつけた言い方だったな。こういう頭が固くて説教臭いところが俺の悪いところだ。本当にすまなかった」
わたしは呆気にとられつつ、思わずこぼす。
「先生のそういう……直ぐに自分の間違いに気がつけて、反省して、年下にも頭を下げてきちんと謝罪されるところ、わたしは好きですよ」
言ってしまってから“好きですよ”じゃなくて“いいと思います”にしておけばよかったとか、今のは生意気過ぎたとか、そんな後悔をしたけど──。
「ふむ、そう面と向かって言われると照れくさいなものだなぁ」
顎を触りながら恥ずかしそうにする先生は可愛い。わたしは彼のそんな珍しい表情を忘れたくなくて必死に脳へと焼きつけた。
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