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セルレーン劇場の支配人は声を出さずに笑った。
「それで、ヴァイオラはいかがですか?」
「ああ――ええ、とてもいい女優ですわ。美人だし、声も通るし。ただ役作りに関してちょっと行き違いがあって、飛び出してしまって」
「おや、そうでしたか。私から言っておきましょう」
翌日、別人のように殊勝になったヴァイオラが姿を見せた。
もともと美人という点に疑いの余地はない。
台詞覚えもよく、派手な雰囲気を抑える演技力も発揮して、舞台稽古はうそのように順調に進んだ。
そして公演初日となった。
§ § §
カーテンのすきまからちらと観客席をのぞいたアリッサは、胸を押さえた。
「うそっ……」
舞台下の立ち見席では、老若男女ががやがやとおしゃべりしながら開幕を待っている。
ここしばらくアリッサも宣伝に努めたが、何よりもセルレーン劇場の貼り紙が功を奏したのだろう。漏れ聞こえる声の多くは、いまだ名を明かされない主演女優への期待が占めている。
アリッサは編んだ髪を揺らしながら楽屋へ駆けこんだ。
「ジェイロス、大入り満員よ! 頼むわね」
すっかり仕度をすませたジェイロスが、鏡の前からふりむいた。
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