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「そこの旅人よ! なぜ笑う?」
見事なひとり芝居で人の話に聞き入る様子を見せたかと思うと、その顔に見る見る絶望が浮かんでゆく。
「何? 余こそが騎士ではないかだと? どうしたことだ、なぜ余が余に見えぬのだ!? 余は余の姿を失ったというのか!」
『カーティスとダーナ』とはまったく違う台詞の連発に、観客はとまどっていた。
だがジェイロスは、まさしくいにしえの英雄王そのものだった。
時空を超えて舞台に現れた英雄王の迫力に、そうした気配も次第に圧されて薄らいでいく。
力強く的確な身ぶり、繊細な感情のひだまでも伝えきる表情、そして惹きつける声。
ジェイロスのひとり芝居が観客を魅了していく。
「これは魔王モーガンドの呪いなのか。ああ、余はどうすれば――いや待て、余は姿こそ変われど心まで失ったわけではない。余を余とわかる、魔王の邪悪なる魔力も通じぬ清らかなる者が必ずやいるはずだ」
舞台の上のジェイロス、いや英雄王が、魔王の呪いを解くことができる清らかな乙女ダーナを求めて旅立った。
先の読めない脚本に、観客はジェイロスの一挙手一投足にすっかり目を奪われている。
「あ!」
と、そのなかに、ひとり冷ややかに舞台を見上げるセルレーン劇場の支配人が見えた。
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