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「む、わが役者ぶりの何が不満だ? 余以上に英雄王を再現できる者などこの世にいないと自負しているぞ」
「だから、それが問題なのよ……」
ジェイロスは、現在ヴィンセント劇場に所属するただひとりの役者だった。
外見はいい。声もいい。演技力も見ようによってはすばらしい。
しかし唯一にして最大の問題は、現代ではまるで人気のない古典史劇、いにしえの英雄王にまつわる一連の脚本しか演じようとしない石頭ということだった。
それが自分の崇高なる使命なのだと、本人は主張して譲らない。
「いまの流行は、かびが生えた古典じゃなくて恋愛劇なの。たまにはそっちを演じて」
ジェイロスはやや癖のある白金髪に指をさしいれ、悲嘆のため息をついた。
「なんと嘆かわしい、呪われし終末の世よ! 百合王バゼルレッドが一子ジェイロス、魔王モーガンドを討ち果たす英雄王の物語に耳を傾け目を奪われる民草がいないとは」
ひとり芝居を熱演するジェイロスをしり目に、アリッサは山羊革の本をひらいた。
別の役者、できれば劇団と契約できればいいのだが、現金もなければ、後払いも確約できない劇場との契約を望む役者など、ただのひとりも見つからない。
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