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「わたしが舞台に立ってどうするのよ。観客は美人女優にお金を払うの。金返せ、なんて観客に大合唱されたら、それこそこの劇場の終わりだわ」
アリッサは肩をすくめた。
「ではどうするのだ? まさか余が二役か?」
「それも面白そうね。まあだけど、今回は心当たりがあるから。任せといて。わたしは女優じゃなくて、お金を払ってもらう仕掛けを作る劇場主なんだから」
山羊革の本を手に、アリッサは誇らしげに胸を張った。
§ § §
大小さまざまな劇場が建ち並ぶ劇場通り中ほどの賑わいの中心に、セルレーン劇場がある。
蔦のからまる立派な煉瓦造りの建物は、通りのはるか手前からも見えるほどで、劇場通りの象徴ともなっている。
人気の劇団を抱え、文化人サロンへの招待が続いているという新進気鋭の脚本家もいて、常に大入り満員。
いまや上流階級の人びとも簡単には観劇できないとささやかれ、そうした評判がまた評判を呼んでいる。
「大昔は、うちがこうだったんでしょうけど……」
高価な顔料を惜しげもなく使った贅沢な看板を見上げ、アリッサはため息をついた。
セルレーン劇場の支配人室を訪ねる。
「やあ、ようこそ。調子はいかがですかな、ヴィンセント嬢」
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