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緊張で唇が乾く。つい舌でぺろりと湿したくなるが、アリッサはこらえた。
ここは交渉の場だった。
劇場主として何がなんでも成功させねばならない本番だった。
「もうひとつ、この劇場通り全体としての話ですわ。この一角の顔といったら、誰に聞こうとこのセルレーン劇場と答えます。多くの劇場が集まるこの通り全体がさらなる盛りあがりを見せてこそ、その頂点に君臨するセルレーン劇場の名声はいよいよ高まりますわ。そしていま、あなたが一度手を振るだけで、劇場がひとつ救われるのです」
ふむ、と支配人は考えこむように片眉をつりあげた。
お願い――アリッサは祈った。
(わたしには無理でも、あなたになら簡単にできることなの!)
まばたきができなかった。自分の鼓動が耳に響くほど音高かった。
緊張で吐きそうになる時間に、アリッサはただ耐えた。
やがて、支配人は片眉をつりあげたまま、おもむろにうなずいた。
「まあ、そうですな、今回は貸しておいてもよいでしょう」
「ありがとうございます!」
いくつかの取り決めをして、アリッサはセルレーン劇場の支配人室を辞去した。
昼下がりの劇場通りには、まだ観客の姿はない。
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