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それでも今夜の舞台にむけて劇場の舞台係や貸衣装屋が行き交い、早入りの役者もちらほら歩いている。
浮かれた子供のようなはずんだ足取りで、アリッサは彼らのあいだをすりぬけていった。
――そんな自分を薄笑いで見送る、セルレーン劇場の支配人には気づかずに。
§ § §
「待って、待って! そこはあごをあげるんじゃなくて、うつむき気味にして、手も頬にそえて」
アリッサは舞台稽古を止めた。
セルレーン劇場から来た女優ヴァイオラが、うんざりした顔を舞台から向けてきた。
「うっさいなぁ! そんなことしたらあたしの顔が見えないじゃん。こんなちんけな劇場に出てあげるんだから、がたがた抜かすなっての」
「でもこれは、あなた個人のショーじゃなくて演劇なのよ」
「はぁ? あんたちょっとひとっ走りしてきて、誰が主役か見てきたらぁ? ――あーもう気分台無し、今日はおしまいね」
ヴァイオラはさっさと舞台を降り、劇場をあとにした。
珍獣を見るような目で彼女を見送ったジェイロスが、舞台袖から『カーティスとダーナ』の脚本を取りあげ、ぱらぱらとめくった。
「野の花のように清楚可憐な羊飼いの娘、ではないのか?」
「まあそうなんだけど……ちょっと連れ戻してくる」
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