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「いよいよ、お金がないわ……」
先月の収支決算書を前に、劇場主アリッサ・ヴィンセントは眉をしかめた。
起床後すぐにきっちり編んだ濃茶色の髪をなでつけ、眼鏡も拭いてかけなおして、もう一度数字の列をのぞきこむ。
が、無情な結果はもちろんそのままだった。
アリッサは眉間に皺を刻んだまま山羊革の本を抱えて立ちあがり、支配人室を出た。
劇場通りのつきあたり、小高い丘の上に、アリッサが受け継いだヴィンセント劇場は建っている。
ちっぽけで、古くさくて、すっかり寂れて。
劇場通りはかつてこの劇場のために作られたという過去の栄光は、もはや誰もおぼえていない。
「ジェイロス! いるんでしょ?」
腰に軽く手を置いて舞台にたたずんでいた、時代錯誤な黒い長衣の青年がふりかえる。
「アリッサか、朝のよき知らせだろうな? 先月のわが舞台に感じ入った者からの支援の申し出か、あるいは宮廷からの招待か?」
朗々とよく通る声は、どこまで本気かわからない。
アリッサの眉間の皺が深くなる。
「そうなりたいなら、もっとしっかり仕事をして! あなたはこの劇場の役者なの、劇場が儲かるかどうかはあなたにかかっているんだから」
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