かぼちゃ大王

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   僕が持っている中では一番大きなお鍋で、コトコトとかぼちゃを煮る。  少し離れたところにある交通公園に行く途中にあった、野菜の無人販売所で見つけたかぼちゃ。  一人で食べ切れるかな?って思ったけど、ころんとしたフォルムと、ごつごつの皮、茶色いイボイボもいっぱいついた立派なかぼちゃ。  絶対美味しいやつ!という確信めいた直感につい従ってしまった。  見てくれが悪いからか、100円だったし。  袋も何も持ってなかったから、両手で抱えて帰ってきた。重かったけど、それは美味しいかぼちゃの証だ。  普段通らない道を通って、当たりだったな。と思う。  料理は好きでも嫌いでないけど、材料を買っても使いきれずに腐らせてしまうから、あまりしない。  でも、かぼちゃはね。日持ちがするし。     交通公園は、平日の昼間に行くと小さな子供を連れた親子連れが多いけれど、朝早くだったら誰もいない。普通の公園はおじいちゃんおばあちゃんが体操してたりするんだけど。  人が集まるテーマパークや遊園地なんて、子どもの頃からずっと縁がなかったけど、交通公園はよくおじいちゃんが連れて行ってくれた。  公園の中に、子どもに合わせて微妙に縮小された道路や交差点や信号があって、古い路面電車があって。  今朝、大人になってから初めて行ったけど。  誰もいない時間のその場所は、人類滅亡後に残された交通遺跡みたいな、異次元みたいな、なんだか不思議な感じがした。  世の中には信号マニアなる人がいるみたいだけど、なんとなくわかるな。と思う。欲しいとまでは思わないけど、見てるのは好き。    カボチャに火が通ったら、鶏肉のミンチを入れて、味付けは味醂と醤油だけ。最後に片栗粉でとろみをつけたら出来上がり。  おかずというより主食。これだけでお腹が膨れるから、ご飯はいらない。 「できた。……いい匂い」  お醤油と味醂は、ゴールデンコンビだ。この二つがあればなんでも美味しく出来てしまう。  コンコン。  と、玄関ドアではなく、台所の窓が叩かれた。  銀河模様の型板ガラス越しの、背の高いシルエット。  換気扇の下にある窓を開けると、思った通り陸が立っていた。 「何作ってるの?」 「カボチャの煮物」 「お、旨そう。外まですごくいい匂いしてる」 「……食べる? いっぱい作ったから」 「やった!」  嬉しそうに笑った陸の「気」が、ふわりと踊った。 「わ、もうコタツ出てるんだ」  お土産〜。と渡された肉まんはまだホカホカだ。  この間、肉まん、ピザまん、あんまん。どれが好き?って聞かれたから、エビチリまんって、答えたのに。まあ置いてるとこ少ないけど。 「うん。なんか寒かったし今年はちょっと早めに。……マーゴが中にいるから気をつけて入って」 「だよな。えーと……あ、いた。――って!」  恐る恐る足を入れながら、マーゴの居場所を探ってたみたいだけど――。  痛そうな声。 「噛まれた?」 「あー……うん。靴下履いてるし大丈夫。甘噛みだし。でも、犬の甘噛みは大して痛くないけど、猫の牙って針みたいだよな〜」  あまり奥まで足を入れては危険だと判断したのか。陸は胡座をかいて、こたつ布団をかけるだけに留めている。  四畳半にこたつを出すと、床がほとんど見えなくなった。これから半年間、猫も人間もダメにするアイテムだ。 「はい」  小鉢じゃ足りないかな。と、どんぶりにこんもり盛って出す。一応取り皿とお箸も。 「おー、なんか豪華だ。肉入ってる?」    ミンチだけどね。  貰った肉まんも二つあったから、お皿に乗っけて出した。   壁掛け時計を見上げれば、ちょうど三時。 「図書館にいなかったし、ちょっと寄ってみてラッキーだったなー」  嬉しそうにそう言いながら、熱々のカボチャをふうふう吹いている。  そんなにカボチャ好きなのかな? いっぱい作ってよかった。 「今日、USJ? UFJ? に行くって言ってなかった?」  直接聞いたわけじゃないけど、なんかこの前そんな話で盛り上がってる陸たちを見かけた。 「ああ、聞こえてた? まあ、行くとしても夜だし……、でも今回はパスかなぁ。ハロウィン・ナイト目当てで行くにしたって、今夜はドンピシャすぎだ。人多いだろうし」  テレビで見たことあるけど、大勢の人が仮装して集まってゾンビに追いかけられるんだよね。……なんか想像だけで、倒れそう。罰ゲーム?  お化け屋敷とかもそうけど、お金払ってわざわざ怖い目に遭いに行くなんて、人間の行動って謎すぎる。 「うっま! ヤバい。ほくほく! 周りのトロッとした挽肉の甘辛餡とコラボ最高! あー。冷たいビール欲しい」  食リポみたいな感想を言いながら、大きな口でハフハフ頬張る。一応お肉も入ってるけど、百獣の王がにこにこカボチャ食べてるのが、なんかおかしい。  カットモデルになっている友達の美容師から、次のカットまで少し伸ばして欲しいと言われているらしく、今は全体的に伸びかけのざんばら髪。毛先の方だけ金色で髪も黒いままなのが面白いなぁと思う。 「買ってくる?」  猫舌の僕は、先に貰った肉まんの方を頬張りながら言う。  あ、美味しい。どこのコンビニのだったっけ? また買いに行こ。 「んー。また後で。……てか、はは。なんだろ、めっちゃハムスター感ある」  肉まんを頬張る僕を見て、おかしそうに笑う。  草食中のライオンに言われたくないです。 「こたつでカボチャとか、こっちの方が正しい日本的ハロウィンって感じだよな」 「ハロウィンって、かぼちゃ食べる日?」  だっけ? 冬至じゃなかったかな、それ。 「いや、違……わないか? そういやハロウィンの正解ってよく知らないかも。要はのっかって楽しめればいいっていう、ね」  ビール代わりに出した冷たいお茶をごくごく飲んで、陸は、ふっと笑った。 「かぼちゃ大王を待つ日。だったような?」  僕の乏しいハロウィン知識によると。 「かぼちゃ大王?」 「うん、ハロウィンの日にかぼちゃ畑からかぼちゃ大王が飛び立って、子供たちにお菓子をプレゼントして回るんだって」 「え、初めて聞いた。何それ、楽しそう」  あれ? 確かそんなお話あったよね? 「カボチャが大王に変身するのか? ってなるとやっぱ食べる日じゃないな。――実はこれがカボチャ大王になるはずのカボチャだったりして」  笑ってそう言いながらも、どんどん食べる陸。 「それなら、それを食べた陸がかぼちゃ大王になるんじゃない?」  かぼちゃ大王のビジュアルって想像したことないけど。  なぜか王子様な陸のかぼちゃパンツ姿が浮かんで、笑ってしまった。 「あ、いいなそれ。もし仮装するなら、それだな。ジャックランタンのお面かぶって、パンプキンカラーのマントでも羽織ってさ」  あ、大王ならそっちか。でも、陸のかぼちゃパンツ姿……。  一人で地味にツボってた僕の頭に、陸の手が伸びてきた。 「ふふ、なんか今日はご機嫌だな。ソーヤ」  そう言って、頭から頬をふわって撫でられた。やっぱり動物触り慣れてるね。陸。  陸の手は気持ちいい。手のひらから溢れた桃色の気が柔らかく漂って、温かい。  そりゃマーゴも懐くよね。と、いつの間にかちゃっかり陸の胡座の中心に収まってる、黒く丸い塊を見ながら思う。 「今、授業の合間だからなぁ……。ビール買って、夜また来てもいい?」  残念そうに陸が言う。 「いいよ」 「なんか晩御飯とかつまみも買ってくる。あとお土産は何がいい?」 「雪見だいふくと甘栗むいちゃいました」 「あー、わかる。好きそう」  くっくと楽しそうに陸が笑った。甘栗好きなのは、マーゴだ。  出来立てのほくほくも美味しいけど、冷めて味が染みたしっとりカボチャも好き。マーゴにも、味付け前に少しだけ取り分けてあるから、冷めたらあげるね。  夜にまた陸が来たら。  誰もいない夜の交通公園へ、ハロウィン・ナイトの冒険に誘ってみようかな。                                *fin*  
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