雨をすぎれば

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 カフェを出て、また車に乗る。芦ノ湖までは一時間半程度かかるらしい。高速道路を走るから道のりは複雑ではないが、瑞樹が運転免許を持っていないので車で出かけるときは毎回青木が運転する。彼はそれに文句を言ったこともないし、あからさまに疲労を顔に出したりもしない。瑞樹への気遣いと思わせないように振る舞っているのか、あるいはこれも青木が自分で選んだことなのか、瑞樹にはわからなくなる。関係にほんのすこしズレが生じただけで、惑うことが多くなる。 「ずっと運転ばっかしてて疲れねえ? 今度パーキング停まったらなんか奢る」  さっきのカフェでも、青木はさっさと支払ってしまった。「今度よろしくー」とだけ言って。ふたりで飲みに行ったときもこういうことはよくあった。これまでなら「りょーかい」で終わったが、今はどうにもいたたまれない。 「運転は好きでやってんの。でも奢ってくれんのはありがとう」  ほっとした。至れり尽くせりって、やられる側は肩身が狭い気がしてならない。 「べつに俺、先輩に恩売ってるわけでもねえし返せとも思ってないよ?」 「え?」 「やりたいからやってるだけ。でもそれが窮屈ならちゃんと教えて。あんたの気持ちはあんたにしかわかんねえからさ」 「……うん」 「まあ、先輩は無責任に『助手席ラッキー』くらいの感覚でいてよ」  うん、ともう一度答えて視線を窓に逸らした。道路脇の遮音壁が、瑞樹の視界を素早く流れていく。とき折り緑が現れ、すぐに景色は移り変わり、わかりやすい変化がなく、一定だった。  以前と同じ状況なら、きっと嬉しかった。もっとどきどきしていた。希望や期待だけがあって、一日幸せにすごせたと思う。自分の感情以外知らないから、幸せだった。まばゆい希望も期待も、なにかが足りないから抱けたんだと思った。  芦ノ湖に着き、無料駐車場に車を停めて目的地も決めずぶらぶら歩いた。ちょうど紅葉が終わりそうな時期で、落ち葉を踏んだらしゃらしゃら鳴った。「青木、踏んでみ?」呼ぶと彼はがしゃがしゃ鳴らした。大のおとなふたりで葉っぱを踏んづけ、たいしておかしくもないのに笑い合った。道の駅で揚げたてコロッケふたつ、ソフトクリームを食べて、とうとう青木は「もう食えねえ」と言う。瑞樹も満腹になってしまった。遊覧船は時間的に諦め、公園の芝生に並んで座る。青木はごろんとあお向けになり、すうっと瞼を閉じた。青木? と尋ねても彼は答えず、瑞樹は手を伸ばす。惜しみなく慈しんできた柔らかい青木の髪の毛、前髪が邪魔そうで、のけてやろうと触れかけた。  ここはmiuじゃないのに、これでおれが触ったらどうなっちゃうんだろう。  この関係のバランスの取りかたが、今の瑞樹にはわからなかった。  食べものやおしゃべりを「他人」と分け合うのが苦手な青木。あんたの気持ちはあんたにしかわからない、と瑞樹を「他人」だと分け隔てる青木。けれど、青木の示す「他人」の中に瑞樹は入っていなくて、言葉にしないとわからない部分の共有を求める「他人」に瑞樹は存在していた。  もういいんじゃないか、と思った。好きなんだから。  このまま青木にマッチングアプリをしていた事実を隠し通したっていいじゃないか、だれにだって隠し事も言いたくないこともある、ずっと誠実になんて生きられない、無関係の第三者に救いを求めて正解がないことに救われることもある、だったらおれは悪くないし、このまま隠し通して好きだと告白してしまえば、どっちにしろふだんと変わらないし万事ハッピー。十年間の片思いからとうとう卒業おめでとう。  世界が暮れなずんでいく。冬間近だからか、夕焼けの色がやけに重たい。昼が夜に明け渡す空の満ち欠けがゆるやかで、なのに揺るぎない。当たり前に存在する重圧が、瑞樹をしみじみ追い詰める。  好きなんだからなんでもいいって、景色が美しいから許されるって、そんなわけあるか。好意を正義にして甘えるなばーっか。
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