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「あんま自分のこと貶めんなよ。俺がいやだ」
あたりは真っ暗で、遠いところにぽつんとある街灯と車内の光の反射のおかげで、かろうじて青木の表情がわかる。それでも黒い影が青木の顔にかかって、見上げても暗い。
もうたくさんだった。傍から見れば100パーセント正しい青木の理屈は、夢想に焦がれ続けた瑞樹からしたら穴だらけの不正解。自分を貶めてなんていない、売ってもいない、想像に抱かれることさえ否定されたらもう、打つ手がない。
「だったらもっと早く言ってよ、おれを好きだって。早く気づいてほしかった、おれを好きだって。なあ青木、なんでだよ」
抱いてくれよ、と思った。だったらもっと早くおまえが代わりに、体で、心で、このでこぼこで歪なおれを綺麗に直してくれたらよかったのに。あんなことをする前に。
真っ暗闇が落ちてくる。頭を持たれ、頬にかさついたものが触れ、なにかが降ってくる。冷たいものが唇に当たり、一瞬雨でも降ったかと目をまたたかせる。次第に温もる頬に、これが青木の手で、口づけられていると知る。一度離し、ついばむようにして落ちてくる。背筋から、悪寒に似たものがざわりと駆け上がる。腹部がじわじわ熱くなり、いやだと思った。反応する体が憎かった。
青木の手は瑞樹の頬を包み、なぞり、繰り返し唇が触れ、とろっとした熱くて柔い舌が入りこむ。
これがほしかった、ずっとほしかった、青木以外のだれとでも寝てきたなら、もういいじゃないか。青木を想定してきたのだから、むしろこれはまたとないチャンスでは。
気持ちいい、もっとほしい、もっと。
背中をさすられ、直にほしくなった。この背も、首も、もっと触ってほしい。流される。もういいや。自分の本心も、だれの本心も、どうせ隠されたものだ。
「あ、あ、や、まって」
Tシャツの下から青木の手が忍びこむ。するりとなぶるしぐさに熟達さを感じて、肩のところにまで快感が伝う。深くなる口づけ、ていねいに皮膚を這う指、首筋に忍び寄る衝動の予兆。青木の唇が離れ、耳の先から順に下る。「うあ、」と上ずる声に、彼の指が乗じるみたいに瑞樹の肌をさわさわ動く。
これからどうなるんだろう。車だとさすがにしんどいから、部屋に行くのだろうか。この勢いを止めて、一旦静止し、部屋に入ったとたん、あれー? みたいな雰囲気にならないだろうか。それとも連れ去られるように部屋に入り、なし崩しにセックスするのか。なし崩し、勢い、あとから必ず後悔するパターン、マッチングアプリの相手とセックスしたあとみたいな、どうしようもないままならなさを腹の底に抱えるのだろうか。まくられたTシャツ、青木が誉めてくれた差し色の黄色がベッドの下で転がっているのを見て、ああーやっちゃった、とうなだれる翌朝の自分を想像する。
不意に脳内がまたたく。先輩、とほがらかに呼ぶ青木の声が繰り返される。ささやかな微笑み、目が合って、くだらない話で笑い合ったこと。
我に返り、青木の体を押した。
「い、やだ。だめだって。いやだ」
「なんで」
もう一度引き寄せられ、今度は無理に口づけられる。
こんなシーン、何度も想像した。ちょっと乱暴な行為が好きな相手のときは、こんな青木もいいなあって妄想しながら抱かれてきた。いや、いや、と喘ぎつつ、ほんとうはすごくよかった。でも今はちがう。
抱きすくめられる腕から抜け出そうとあがき、青木の体を押す。彼も正気に戻ったのかわかりやすく動揺していて、自分の唇を指で触れて確かめていた。
後悔だけが無惨に残る表情なんて、知りたくなかった。
「なんでこんなことした?」
「……あ、いや、ごめん、ちがう」
「謝れなんて言ってねえよ、ちがうってなにがだよ、なんでしたのかって聞いてんだよ。答えろ」
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