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「ほら、リンさん。」
「ん、いやいい。」
そう言ってリンさんは僕から汁椀を隠すように身体を捻り、ぐいぐいっと一気にみそ汁を飲み干してしまった。
「ん、旨い。あのなぁ、俺は茄子が苦手ってだけで食べられない訳じゃないし。大人になったから苦味のある野菜も好きになったんだ。お前が無理して食べる必要はねぇだろう。」
「それは僕にだって言える事だと思うけど。」
「いんや、そうじゃねぇ。倫太郎は俺の為に作ってくれただろう、今日の料理。なら俺はその思いごと全部丸っと食ってやらなきゃいけねぇんだ。それが大人ってもんだ。」
「大人・・・なの?」
「ま、気遣いされてまで食ってもらわなくていいって考えもあるだろうよ。でも俺は倫太郎の作る料理なら何でも食べれると思う。例えものすごーく不味くて嫌いなもので一杯のメニューだってさ。そこに倫太郎の思いが詰まっているならそれは俺にとって旨い料理と同じだ。」
「…不味いものは不味いよ…。相手に対する思いやりってだけじゃ食べ切れるものでもないと思うけど。」
「いいんだよ。それが俺の料理を作ってもらった相手に対する向き合い方ってやつだからな。」
そう言ってリンさんは椀に残っていた茄子とミョウガを綺麗に食べた。少し悲し気で、少し寂し気で。僕にはその表情がどこから来るものなのか分からなかったけれど、それでも「ごちそうさん」と満足気に食べ切ってくれたリンさんの笑顔には心が温かくなった。
後片付けはリンさんがしてくれた。もちろん僕が片付ける、と言ったのに「頼んだのは料理を作ってもらう事だけだ」なんてリンさんが言うから少しお言葉に甘えてしまった。
「にしても、倫太郎は偉いなぁ。あんなに旨い料理も作れるしバイトもして母ちゃんを助けてもいるしな。」
皿を洗いながらリンさんが言う。僕は手持ち無沙汰になってデザートに、と持ってきたリンゴをその隣で剝いていた。
「そんな事ないよ。ほら、僕の家母子家庭だから、母さん少しでも助けてあげないと。」
「そう思えるって事が既に偉いって事なんだよ。中々出来ることじゃない。」
リンさんに言われると何だか照れる。
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