良い人

6/7
前へ
/7ページ
次へ
 俺がなぜ、良い人にこだわるかというと、過去の苦い経験がそうさせているのだった。  本来の俺は女好きで、好みの女を相手にするとグイグイと迫っていっていた。 だが過去に大きな失敗をした。こちらにも傷が残るくらいの大失敗だった。  3年前、ある場所で知り合った女。いつも狙う女と違って口数少ないおとなしい女だった。 でも面白おかしく笑わせる俺を少しづつ受け入れてくれたのか、デートの誘いを断ることはなかった。  手が早い俺は、数回のデートを重ねただけで、彼女の体にも重なろうとした。 彼女は、どうやら初めてだったらしく、受け入れる事も断る事も出来ず、こわばった顏で固まっていた。なのに、俺は手を伸ばしてしまった。彼女の体を引き寄せたが、突然彼女は震え出し、唸るような泣き声を漏らしたのだ。さすがに気持ちが萎えて、それ以上のことはしなかったが、ホテルの外に出ると逃げるように走っていってしまった。  それから数カ月たった頃、出会いの場にいた別の女から、彼女は心を患ってしまったと聞かされた。その女が言うには、彼女は以前男性から怖い思いをさせられたことがあるらしく、 それがどういったものだったのかは教えてはくれなかったが、とにかく男性に急接近されることを嫌がっていたと言っていた。 「彼女、あなたのことを嫌いではなかったのよ。でもどうすればいいのかわからなかったんじゃないかしら、心と体が一体化していないっていうか」  自分らしく生きるイコール愛すべき女性たちと恋を謳歌する。それが俺なのだ、と満々としていた自信が、心療内科に通っているという彼女のことを想った瞬間に崩れ落ちていく音を、この耳が確かに・・聞いた。  以来、俺は良い人にこだわっている。声をかける時も、交際を申し込むときも、付き合いが始まってからも、一線を越える瞬間にも、「あなたって良い人ね」そう言われる様に、演じている・・・
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加