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私が故郷に帰る頃には、夏の降り注ぐ蝉時雨はなりを潜め、どこからか聞こえる虫の音に取って代わっていた。
何とか生き残ろうとする蚊の群れが私を歓迎していた。
くっそ、これだから田舎は…
腹の中で悪態付きながらも、帰ってきたと実感が湧いた。
寂れた駅で電車をおりると、迎えに来てた黒い軽自動車から一番上の兄が顔を出した。
「おう!美咲、おかえりぃ!」
「だっさ、軽やん」とディスると、兄は「ええよ、歩いて帰れや」と私の喧嘩を買ってエンジンをかけた。
「うそうそ!乗るって!
わー!ベンツやー!カッコイイ!」
「お前な…こんな田舎でベンツ乗ってたらおかしいやろ?ベンツちゃう日本の三菱や」
分かりやすくボケた私に、兄も心得たように苦笑いでツッコミを入れた。
この憎まれ口を叩くのが家族らしくて楽しい。
関西人の類を漏れず、私たち兄弟もお喋りは大好きだ。狭い車の中、凸凹したアスファルトで跳ねながら、どうでもいい話で盛り上がった。
「ねえ、爺ちゃんどうなん?」と気になっていたことを兄に訪ねた。
「まぁ、爺さんもう80超えとるしなぁ…」と兄は答えを濁した。
楽観的な兄が軽口を叩けないほど、祖父の具合は悪いらしい。
「あの拳骨が懐かしいわ」と兄は寂しそうに強がった…
田んぼに囲まれた実家に戻ると、懐かしの生家は私が出てきた頃より、さらにボロくなっていた。
「ただいま」と玄関から帰宅すると、うるさい足音が聞こえた。
「おかえりぃ!」
出迎えた母の関西訛りの《おかえり》は、出ていった頃から何も変わっちゃいなかった。
なんか帰ってきた気がする。
実家で少し休んで、病院には明日行くことにした。
仏壇に向かうと、婆ちゃんの遺影に手を合わせて線香をあげた。
「あんた、なんなん?そんな派手な服ばっかり!」持ってきた服を見て、母は呆れたような声を上げた。
確かに…こんな田舎じゃ目立つような格好だ。
「こんなので病院行ったら『デートか?』って笑われんで」と言って、母は懐かしい服を引っ張り出してきた。
私が家を出ていくときに、母にあげた《お上がり》の服だ。程よく田舎者のワンピースはまだ着ることができた。
なんなら、今であれば若者でも古着やレトロとして着るような服だ。
このまま持ち帰ってもいいかもしれないと思える。
田舎だと軽んじて置いてきた実家の良さに気づく年齢になっていたのだ、と実感する。
久しぶりの家族との時間を楽しんで、明日はもう一人の大切な家族に会いに行くことにした。
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