だましあい

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適当に合わせながら、祖父と話を続けた。 祖父はボケているとは思えないほどよく喋った。 祖母の好物も、好きな映画も、飼ってた猫の名前まで全部覚えていた。 私の知らない話まで飛び出したから、笑顔で誤魔化したが、祖父は気を悪くする様子もなく、ご機嫌で話を続けていた。 偽物の《田鶴子》との話で、面会の時間はすぐに過ぎてしまった。 帰ろうとすると、祖父は寂しそうな顔をした。 「ちょっとお休みもらってるから、また来るよ」 「明日も来てくれるんか?」 私の言葉に、祖父の沈みかけた表情か分かりやすく明るくなる。 祖父の手を取って、祖父の小指と自分の小指を絡めた。 「明日も来るよ。だから徳治さん元気にしててね」と約束して、母と病室を後にした。 「あんた、よく婆ちゃんのフリできたなぁ」と母は感心したように呟いて、私の背を叩いた。 痩せた祖父の姿を思い出した。 痩せて見る影もなくなった祖父の嬉しそうな笑顔が、私の瞼に焼き付いている。 良いことをしたのだ、と自分に言い聞かせた。 それと同時に、私のことも忘れてしまったのではないか、という寂しさが押し寄せて、鼻の頭がツンッとした痛みを訴えた。 複雑な気持ちを抱えたまま、私は母の車で実家に帰った。 「婆さんに間違われた?」と母から話を聞いた父や兄達がニヤニヤ笑っていた。 「もう爺さんいよいよヤバいな」と冗談にしながらも、その会話は少し寂しげだった。 珍しく集まった家族で、 祖父の昔話をするついでに、家族の昔話で盛り上がった。 深夜まで話は盛り上がり、遅い時間の電話に遮られるまで続いた。 深夜の電話に良い印象は無い。 だいたいが良くない報せで、この電話も類にもれずに良くない報せだった。 「ええ…はい…分かりました…はい、すぐ行きます」 静まり返った居間に、電話で話す母の声だけが鮮明に聞こえる。
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