だましあい

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「爺ちゃん...あかんのやって」と電話を切った母がみんなに告げた。 どこか覚悟していた話だったのに、みんなが言葉を飲み込んで、静まり返った。 「行こう」と父が声をかけた。 ノロノロと居合わせた兄たちも立って、用意を始めた。 私も母もすっぴんだったが、眉毛だけ描いて祖父の病院に向かった。 普段は二人までの面会だが、危篤(きとく)だからとみんな病室に入れた。部屋にいた先生や看護師を含めると狭い個室は満員になった。 ピッ、ピッ、と病室に響く電子音は、昼間訪ねた時より不気味な響きを含んでいた。 「とくじさーん!徳治さんきこえるー?」 看護師さんの声が響いた。ベッドの脇なのに大きな声で伝えているのは、祖父の容態がそれほど悪いからだ... 「ご家族来てくれたよー!きこえてるー?」 そう言いながら、看護師さんは私たちに手招きした。 最後に顔を見た時は、目をキラキラさせていたのに... 祖父はベッドの上に横たわり、寝ぼけたような顔で口を半開きにしていた。 その口には、祖父の命を繋ぎ止めるための機械が繋がれている。 私たちが顔を覗き込むと、薄らと開いていた瞳がゆっくりと動いて、透明な酸素注入機の向こう側で金魚のように口が動いた。 「なんて?」と母が大きな声で祖父に訊ねた。 また小さく動いた乾いた唇を見て、母は「おるよ」と答えた。 「あんたのこと呼んでるで」と言われて、私は一瞬誰になるべきか悩んだ。 私の迷いを感じ取って、母は言葉を付け足した。 「あんたよ、《美咲》。早う話聞いたんな」 「聞こえへんなら、少し呼吸器外したってええよ」と、祖父の担当医が許可を出し、看護師が少し呼吸器をずらした。 「爺ちゃん?美咲やで」 祖父の枕元に寄って、枯れた老人の手を握ると、私らしい言葉で傍に居ると伝えた。 生気を失っていた顔が少しだけ動いた。 笑顔を作ろうとしたように思えた。 「み...さき、ちゃん」と祖父は弱い声を発した。 掠れた苦しそうな声は聞き取りづらく、祖父の顔に耳を近づけた。 「おおきんな...あんた、ほんまに...優しい子やで...おおきんな...おおきに...」 祖父は何度もそう繰り返し、私に何か伝えようとしていた。 なんの事か分からない。 もしかしたら、昔の話だろうか? その言葉の意味を確認する前に、けたたましく長い電子音が響いた。 「ちょっとどいて!」と看護師さん達が、私と祖父の間に入った。 「マッサージ!バイタル確認して!」 先生や看護師達が、祖父の鼓動を取り戻そうと頑張ってくれたが、祖父の古びた心臓がキレの良い動きを取り戻すことはなかった... 私に謎のメッセージを残して、祖父は祖母の待つ天国に旅立った...
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