だましあい

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だましあい

「もう、爺ちゃん長くないんやって… お見舞いきたってや」 久しぶりに母の声を聞いた。 社会人になってからというもの、忙しさで、家族の事を忘れていた… 「そんなに悪いん?」 母相手だと、ついつい忘れかけていた関西弁が飛び出してしまう。 子供の頃から使い続けて私に馴染んだ言葉は、なかなか抜けない。 それでも、つい関西弁が出ようものなら、垢抜けた言葉を使う都会っ子に「お笑いみたい」って笑われる。 「爺ちゃん、ボケてきよったやん? ホームに入っとったけど、怪我して入院したら一気に悪なってな。 もう歩かれへんし、入院中の検査で癌が見つかったもんで、先生がもう余命少ないって言いよんの…」 「癌?何の?」 「膵臓(すいぞう)って言っとったよ。何か見つかりにくいから、どうのって… 見落としとっただけやろうに… なぁ、生きとるうちに顔見せたって。 あんた全然帰ってきとらんかったやろ? 爺ちゃん、あんたのこと可愛がってくれとったやん?恩返しやと思って来たってや」 母は‪相変わらず一方的に話をして、言いたいことを言うと、自分勝手に話を締めて電話を切った。 なんなん?自分だけ話して勝手やな… 私の話も少しくらい聞いてくれてもええのに… そんな事を思うと、少しだけ故郷が恋しくなる。 寂れた田舎の、構えだけ大きな家が(まぶた)に浮かんだ。 男ばっかりの兄弟で、唯一女の子だった私は、爺ちゃんに可愛がられた。 職人気質で、普段は怖い顔をしていた爺ちゃんだったけど、私が行くと、『美咲(みさき)ちゃん』と呼んで可愛がってくれた。 兄たちが悪さをして、拳骨を食らっても、私は1人だけなかった。 「…帰るか」 有給も溜まってたし、夏休みも取り損なっていた。(ぼう)伝染病のせいで、旅行にも行ってない。 私は遅い夏休みをもらって、実家に帰ることにした。
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